尽きぬ富 の巻 71
「これより共に、当たり銅銭を授かりに参るところ」
「なっ、ならっ。早く万枚、お受け取りください。いただけましたら、ただちに出雲へ向かいますっ」
辛うじて京三は返すが、雲太といえば実につまらなさげな面持ちだ。
「ばかを言うな」
「ばっ、ばかではありませんっ!」
まあまあ、とまたそこへ小太鼓の男は顔を突き出していた。
「おっしゃるとおりでございますよ。万枚を一度にお渡しするとなれば牛に引かせるほどもの銅銭。到底、持ち運べたものではございません。ですから当り銅銭のお渡しは毎日、五枚ずつと決めさせていただいております」
あしからず、と頭を下げて引っ込んでゆく。
「そ、それでは、いつここを出るおつもりでおられるのですか」
京三の体は次第にわなわな震えだしていた。
「うむ。もう一生、出んかもしれんな」
雲太は空を仰ぎ、様子に京三こそ、あああ、と声をもらす。
「のう、京三」
向かって投げる雲太は、まこと憐れむかのようだった。
「だいたい出雲へなんぞ行ってどうする。何か美味い物でも食えるのか。楽しいことでも待っておるのか。なんの、わしらはいつもひいひい言っておっただけではないか。そこを毎日、五枚だぞ。五枚あればどれほど食えて、どれほど楽しい思いができると思う。放って離れるやつはばかだ。いただけるうちは残るのが当然のこと」
聞き入る京三の息はいつからか止まっている。やがて静かに吐き出されていったなら、開いたままの口を閉じていった。それどころかぎゅう、と奥歯を噛みしめてみせる。
「当然ではありません」
言った。
「雲太っ、一体、あなたはどうされてしまったのですかっ。わたしたちには大事な命が」
だが遮る雲太こそ手加減ない。
「うるさいッ。わしの銅銭だぞ。わしがすべてもらい受けてどこが悪いッ!」
睨みつけた目は荒魂を見るそれで、行きすぎる人も何ごとか、と振り返る。気づき雲太が、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。前にもましてそこに白い顔を取り戻してゆく。
「なんの、それほどまでに行きたいというのなら、お前たちだけで行ってくればよいではないか」
袂を探り、抜き出し投げた。
「そら」
ちゃりん。
京三の足元へ銅銭は転がる。
「旅の駄賃だ。支度に使え」
それきりだ。雲太は男へと振り返る。
「ようし、残りはどこだ」
催促すると、がはは、と笑ってみせた。
頭の上で聞きながら、投げ出された銅銭をまるで屍でかのように京三は見つめ続ける。前で雲太が身をひるがえし、赤い布の向こうへ消えようとも、追いかけ傍らからつくしが出そうとも、和二がその名を叫んで、ダイコク銭が落ちているぞと行き交う者らが囁こうとも、顔を上げようとはしなかった。
ただその手を銅銭へ伸ばす。触れかけて指を縮め、開くと地から剥がすように拾い上げた。強く握り絞めたなら、向けた足先を雲太と分かつ。傾ぐ体のまま、通りを果てへと駆け出していった。
「いやはや、面目ない」
大屋根の下、伸びる渡り廊下を歩きながら雲太は大国の者へ頭を下げる。
大国を取り仕切り、当たり銅銭を手渡す男、ダイボウは、そんな雲太らの目指す廊下の先、離れにいた。
なんの、なんの、かまわぬことです、と言う大国の者に従い、辿り着いた離れでついに雲太はダイボウと対面する。
さて、このダイボウと言う男、山吹色の直垂をまとい、烏帽子をちょこんと頭に乗せた実によく肥えた福々しい男だった。紺に白抜きで「大国」と書かれた布を吊り下げ前に座すと、受け取りに参上したことを告げる雲太らへ満面の笑みで何度もうなずき返している。それから布へ身を向けなおすと、ちらり、めくり上げて布の向こうへ頭を突っ込んだ。どうやらそこに扉はあるらしい。開いて中から銅銭を掴み出してみせた。
じゃりじゃり、手の中に落とされる五枚の銅銭は、ことのほか重い。雲太はその一枚、一枚へ目を輝かせ、大国の者は夢中の雲太へ、秘蔵の蔵よりダイコク銭を取り出せるのは、お手に尽きぬ力を宿すダイボウ様のみ。あなた様は今、銅銭を市へ行き渡らせた銅銭の畑、その手業をご覧になられておるのですよ、と囁きかけた。
おかげで雲太は、はっと思い出す。なるほどシソウが村へ持ち帰ろうとしておったのはこれか、とダイボウを見上げた。ならシソウの言うとおり、ダイボウに目通った今だからこそ、シソウの目論見の大きさを知らされる。
明日もうかがうことを約束し、雲太は離れを後にしていた。大国の者にすすめられるがまま、手に入れたばかりの銅銭で大当たり祝いの宴を用意させる。さすればあまた品の持ち込まれる大国の大屋根だ。あっという間に宴は昨日の夕げより豪勢と整い、その苦もない様子にあの手業を持ち帰れば、村もさぞ安泰であろうと思い巡らせた。ずらり並んだ酒に食い物を見回して、このようにみなして楽しく暮らせるのだと考えた。
シソウというやつは途方もないことを考える男だ。酒が揺れるカワラケを雲太はあおる。その右から左から女どもは雲太のカワラケへ酒を注ぎ入れ、わたしも大当たりを出してみたいわ、などと言った。雲太はそんな女どもへ手業をまねて、宴の釣り銭を、そうら、そうら、でばらまいてやる。前で女どもは先を争い袂へ銅銭を落とし、機嫌よく雲太をもてなし歌い踊った。
その美しさに見とれて呆け、雲太は天にも昇る気持ちで、がはは、と笑う。やがて酔いが回れば衣を脱ぎ捨てるのはいつものことで、雲太も心置きなく裸踊りを披露した。様子に女どもはなおさら、きゃあきゃあ騒ぎたて、そのけたたましさに雲太はまた強く銅銭を逃してなるものか、と心に念じるのであった。
今や、その目が見えておらぬのは雲太も同じだ。
傍らで何をや堪えてつくしだけが、じいっと座り続けていた。