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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  70

 一方、厠へ行けば簡単なもので和二はすっかり元気になっていた。だが少々時間を取りすぎてしまった様子だ。戻れば雲太はおらず、京三はつくしからいきさつを聞かされる。

「ああ、まったく。落ち着きのない兄でございます」

「いいえ。つくしでもお役に立てて、うれしゅうございます」

 つくしは微笑み返すが、待っていてはいつになるやら分からない。

「いくらなんでもまだ戻らぬとは、油を売っておるに違いありません。いざ、兄を探しにまいります」

 がってん、と胸を張る和二は調子がよく、痛かった腹など忘れてさっそくつくしの手を取った。

 だがそこから先はあてずっぽうだ。運を天に任せて人混みの中へ足を繰り出す。右の大屋根、左の大屋根。向こうのムシロに、こちらのムシロ。荷と荷の間をかいくぐり、馬を避け、牛を回り込んで通りを進んだ。ところが選んだ方向を誤ってしまったのか、通りの端まで行き当たったところで雲太は見つからない。もしやすれ違いになったのでは、とあと戻るがこれまた姿を見つけることはできなかった。

 いつしか日も真上にある。ありさまは神隠しにでもあってしまったようで京三らを気味悪くさせ、加えてこの人の多さだ。心細くもなりつつあった。

 いやいや。

 払い、京三は頭を振る。雲太がいない今、和二とつくしを率いるのは己が役目なのだから気を奮い立たせて行き交う人をつかまえた。雲太のことをたずねて知らない、とあしらわれようと手当たり次第に聞いて回る。するとそれはムシロを広げた番の者にたずねた時のことだった。

「ああ、のぞいとった人かいのう」

「ご存じでしたかっ!」

 ようやく聞けた話に伸び上がる。

「向こうの大国の大屋根へ、もぐりこんでいきなさったかな。なんせタカラくじで大騒ぎしとった時じゃ」

 番の者は示して教え、行って聞いてみなされ、と促す。声をそろえて礼を言った三人は従い、やがて人ごみの向こうに赤い布を垂らし、「大国」の看板を立派とな乗せた大屋根を見つけていた。派手な身なりの何者かはちょうど中へ入ろうとしており、そのいでたちに目を奪われてようやく気づいた正体に、京三こそが、あっ、と声を上げていた。

「雲太っ!」

 間違いない。証拠に派手な衣を羽織ったその足も止まっている。

「なんだ、京三か」

 振り返るなり言ってみせた。おかげで吊り上がっていったのは京三の眉だ。

「なんだ、ではございませんっ。つくし殿を一人立たせておいて一体、今まで何をしておいでだったのですか。ずいぶん探し回ったのですよっ」 

「おお、それはそれはご苦労だったな」

 返す雲太の口ぶりは、いつもにもまして分かっていない。

「まさか目を離しておるすきにまた飲まれたのではないでしょうね」

 いぶかる京三の眉もぐぐぐ、と寄ってゆく。

「ああ、これが兄かと思えば情けない」

 両の拳を握りしめると、振って一直線に雲太へ足を繰り出していった。

「さあ、もう昼を過ぎてしまいました。じゅうぶん飲まれたでしょう。急ぎ出立いたしま……」

 ぱしり、鋭い音は鳴る。

 伸ばした京三の手は跳ね上がっていた。

「わしは行かんぞッ」

 払いのけた雲太は吠える。

「万枚の銅銭だぞッ。すべて受け取るまでどこへも行かんと決めたのだッ」

 痛さよりも、声の大きさよりも、どれほど酔ったところで手だけは上げたことのなかった雲太だったのだ。京三は目を見張り、目の当たりにして音を聞き、和二につくしもさっと顔色を変えてしまう。

「何を、雲太は。一体、何のことを言っておられるのですか」

 信じられぬ京三の瞳は揺れていた。

「はいはい。こちらのお方は今しがた、 大国タカラくじの大当たりを出されたのでございます。ダイコク銭万枚の、タカラ者になられたのでございます」

 あいだへ、胸の前に小太鼓を提げた男は割って入る。えっ、と三人ともが伸びあがっていた。

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