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来 神 ’  作者: N.river
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昔々 の巻  7

 もちろん事業は順調と進み、芦原中津国もいくらかスラムを脱し始める。

 ところが、だ。この少彦名命、仕事の合間を縫って葦の穂にぶら下がり遊んでいたらば、しなった葦に弾かれキラリ空へ消えてしまったのである。そう、黄泉の国まで一気に飛ばされてしまったのだった。

 冗談のようにあっけない別れが大国主をおおいに落ち込ませたことは言うまでもない。心強かった相棒をなくせば将来も不安だ。食さえ進まず、須勢理姫も気をつかう。

 するとそこへ神はまたもや現れていた。しかもいきなり大国主の眼前に立つと、「お前を助けてやろう。なぜならわたしは、お前の幸魂(サキミタマ)であり奇魂(クシミタマ)だからだ。とっとと三輪山に(シズ)めて(マツ)りやがれ」と、言ったのである。

 ちなみに幸魂、奇魂とは、荒魂とは逆の広く平和をもたらす和魂(ニギミタマ)から分類されたものである。そのうち幸魂は幸福、平穏をもたらす魂で、奇魂は奇跡をもたらす魂だった。つまりその神は自分を山に祀ることでお前の志の全てがうまく行く、とふっかけたのである。

 さて、ここで後世に残る「古き事」の記述をのぞいてみよう。「古き事」につづられている大国主はこのとき「なるほど、そうらしい。ただちに言うとおり鎮めて祀り、お力をお借りします」と返している。おかげで国は栄え、めでたしめでたしの区切りはついて、時代は近代まで流れる運びとなっていた。

 が、この大国主はちょいと違った。

 胡散臭い。

 疑い、その目を細める。

 だいたい自分の幸魂、奇魂とはなにごとか。高飛車な態度にそう感じるのももっともながら、なにより大国主自身、これまで親兄弟に散々な目に合わされている。用心深くなって当然だった。ゆえに押し売りお断りとその神を突っぱねると、きっぱり追い返してしまったのだった。

 成り行きに、うえっ、と声は上がっている。全てをハラハラしながら見守っていた高天原の天照だ。実を明かせばこの高飛車な神、少彦名命をなくした大国主を見かねて天照が指し向けた次なる相棒で、さらに明かせば少彦名命が落ちたのはうっかりではなく、大国主を助けんと高御産巣日神が密かに送り込んだ神で、天照はそれを真似たつもりでいたのである。

 だがたとえツンデレだったとして、天照の送った神はキャラも間も悪かった。

 突っぱねられて慌てふためく。大国主命を思いとどまらせるべく降りて口添えするかと目を寄せて、口も結ぶと、うーん、と唸った。

 とにもかくにも芦原の野の穢れ具合は見ての通りだ。こうして国津神らに任せ、大国主を助けて神まで送ってやろうと思えるほど、直接さわりたくないのが芦原の野であった。そのときが来るとすればようよう整ってからのことで、後に語り継がれる「国譲り」までは生理的に無理、とさえ嫌っていたのである。

 ままに下界を見下ろした。

 はたまた、うえ、と声を上げる。

 祀られることのなかった神はいつしか行方が分からなくなると、所詮、大国主一人では無理なのだ。停滞した国造りに芦原中津国はなおさら荒れて穢れ放題となってゆく。押し止めてさらなる神を送ろうにも、これら不測の事態に天津神らは己が担当だけで、てんやわんやだ。下界に単身赴任できるような神などいない。

 まずい。

 非常にまずかった。

 そしてなにより天照は、ばっちいのが嫌いだった。

 そのばっちい下界が、自分のものだとも思いたくなかった。

 妙案は、さなかひらめく。

 さあて、ここでお立合いだ。目をつむって歯を食いしばる。天照は辛うじて下界へ手を伸ばすと杉の神木、その小枝を一本どうにか拾い上げた。一本では心もとなかったが二本も拾う根性がないのだから、それを折って二つに分ける。

 伊邪那岐神と伊邪那美神がぬかるみをかきまぜた矛はどちらかが持ったままだったが、モサモサ湧き出した塩は高天原にまだいくらか残されていた。島を作り、海を作った貴重な生命の源を、天照はつまんで手折った枝へ振りかける。するとどうだろう。別天津神のハイテクノロジーな力、「結び」の力は働いて、塩はたちまち肉へ姿を変えていった。棒切れをまとって盛り上がるとそこに手を、足を、にょきにょき生やしてゆく。やがて毛は伸び、指が割れて、覆ってパリパリ皮が張った。男の木偶(デク)はやがてそこに形を結ぶ。

 向かって天照は御柱(ミハシラ)から魂を分け、ふう、と木偶へ息を吹きかけた。とたんのっぺらぼうだった木偶の顔にポツポツ二つの穴は開いて息を吐く。上にずんぐり鼻は突き出し、窪んだ目玉にうっすら切れ目を走らせていった。ぱちり、開いたところに黒い瞳は現れて、輝かせると元気そのもの、天照の手の中でジタバタ動く。

 放して天照はそっと足元へ置いてやった。たちまち木偶は産まれたままの姿で天照の周りを駆け回り、まといつかせて天照は残りの枝も手に取ることにする。

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