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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  69

 こんなことならのぞいておこうなどと思わなければよかった。自分こそ早くつくしの元へ帰ってやらねば。雲太の口からもれるのは後悔の念でしかなく、だというのにその腕を引く者はふい、と現れる。

「いやはや、待ちかねておりましたよ」

 おうおう、雲太が声を上げている間にもその声は、向かいの大屋根へ雲太を連れ出していった。

「さあ、始めますので、どうぞくじをお確かめ下さい」

 見れば小太鼓を首から提げた大国の者が腰も低く促している。それきり大屋根の下へ潜り込むと、中でテケテケテケ、と小太鼓を打った。あわせて大国タカラくじの取り決めが始まることを知らせて声を放てば、くじを持つ者も、持たない者も、聞きつけそぞろに大屋根の元へ集まってくる。

 だが雲太はちらり、目をやっただけだ。

「つまらん」

 それきり、ぽい、と通りへくじを放りだした。あんな旦那であると分かればタカの元へ戻らぬ方がタカのためで、せいせいした、と思うままきびすを返す。とはいえどうにもここは人が多かった。そんな雲太の背でくじは、すぐにも拾い上げられてしまう。

「まぁ、まぁ、そうおっしゃらず」

 呼び止める声は、腹立ち紛れと聞き捨てるに無礼なほどと穏やかだ。

「せっかくダイコク銭でおもとめになられたくじです。ご覧になってから行かれてはどうですか」

 仕方なしと雲太も繰り出しかけていた足を止め、振り返っていた。拾い上げたくじを差し出して、そこに男は立っている。荷を負っていないのだから市に住いする者なのだろう。口ぶりとたがわず浮かべた笑みは、まこと人も好さげと優しげだった。

「か、かたじけない」

 拍子抜けして怒鳴りつけられず、渋々雲太はくじを受け取る。

「いえいえ、何しろ当たれば玉虫色のタカラ<ruby>者<rt>モノ</rt></ruby>です。どうぞ大事にお持ちください」

 と、男は大屋根へ目を向けた。そこで大国の者は懐より出した細い筒の先へ何かを詰め込んでいる。終われば目隠しをして大屋根の奥へ向かい、筒を口元へあてがった。集まった人らの眼差しは、そんな筒の先に集まっている。

「ああ、もう始まりますよ。絵柄はお確かめになられましたか」

 男もまた雲太をせかしてみせた。

「まだでしたらわたしが見て差し上げましょうか」

 だとして雲太にとってはどちらでもよいのだから、しからば、と男へくじを差し出すことにする。

 そのときテケ、と小太鼓は鳴らされていた。

 合図に大屋根の下でぱあっ、と紙切れはばらまかれ、真っ白となったそこへ大国の者は口にあてがった筒へ鋭く息を吹き込む。とたん中から詰めていた物は素早く飛び出し、散っていた紙切れを数枚、突き刺し、立てかけられていた板へカツン、突き刺さった。

 音に雲太は振り返る。

 どれどれ、と男も雲太の手の中にあるくじをのぞきこんだ。

 ひと仕事終えた大国の者はするり、目元の布をはずしている。

 雲太の手の中のくじへ男も、ほほう、と声をもらしてみせた。

「これは面白い絵がある」

 その耳に、板に留められた紙切れを読み上げる大国の者の声は響く。

「本日の当りはぁ、絵柄が四つっ。ひとつめは、亀の二にござぁいっ!」

「ええ、まずは亀の二」

 違わず男も雲太のくじを読み上げた。さらに大国の者が「鶴の十四」と言えば、「鶴の十四」と繰り返し、三つ目が「梅の九」なら、それもなぞって「梅の九」だ、と告げる。

 読み上げた紙きれを全て晒して、大国の者は板へ再び貼りつけてゆき、そのたびに、あぁ、と落胆する声はあちこちから上がった。最後の絵柄が「丸の二十六」だったなら無用となったくじは打ち捨てられ、しかしながらそのとき男だけは雲太へこう言ってのける。

「おやおや、丸の二十六が最後ですね」

 だからして雲太は、ん、と首をかしげていた。

「大当たりですよ」

 男の笑みは始終、親しげだ。

 雲太にはそのわけこそわからない。

「大当り?」

 繰り返してようやく気づいていた。なにを、とくじへ首を突っ込み、まさか、と絵柄をむさぼり読む。あろうことかそこには板に晒されておるとおりが書き込まれており、たちまち雲太の口からうめき声は、うおッ、ともれ出した。

「確か大当たりはダイコク銭が万枚だったはず」

 思い起こす男は空を見上げている。

「まん、まいッ」

 雲太はその空へ飛び上がり、だが再び地についた足へ力が入ることこそなかった。腰は抜けてへなへなと、その場に座り込んでしまう。向かって男はしずしずと、そんな雲太へ頭を下げていった。

「これは遊び放題、食い放題。あやかりたい、あやかりたい」

「あわわわわ……」

 これはえらいことになった。雲太のおののきは止まらない。何しろ昨日、三枚あっただけでもあの騒ぎである。それが万枚ともなれば、もう想像がつかなかった。

 うちにも男は去り、当った方はおられますか、と呼びかける大国の者の声は届く。答えて雲太は手を、これでもかと振り上げてみせていた。

「わッ、わしだッ。わしのくじが当たったぞッ」

 いっせいに振り返った誰もの目が痛い。見つけて駆け寄る大国の者の面持ちも凄まじく、くじを確かめるが早いかさげていた小太鼓をこれでもかと打ち鳴らした。様子は時を告げる雄鶏がごとし。四方へ大当たり、とふれて回る。ならそこから先は嵐だ。大屋根の下へ引っ張り込まれ、雲太は玉虫色の衣を羽織らされていた。手付けでございます、と一枚の銅銭は渡されると、打ち鳴らされる小太鼓に合わせて奥から駆け出してきた者らに、わぁっと取り囲まれる。

 みながあふれんばかりの笑顔だ。浮かべて声をそろえると、「大市一番、タカラ者」と唱える。袂より掴み出した色とりどりの紙切れを雲太へぱあっ、と振りまいて、やんややんやと踊ってみせた。

 聞きつけた人が通りから駆け寄ってくる。お囃子はいっそう賑やかさをまし、憧れ、仰ぎ見るあまた眼差しを雲太は一身に受け止めた。

 大当たりを出したのだ。

 心の底から感じ取るまでしばらく。

 ようやく満たされた時、それは雲太の前で起きていた。

 嘘、幻などではない。越えて来た険しい山道も、腹を空かせたひもじい夜も、みながふわ、と消え去ってしまう。代わってあまねく野は錦と輝き、その光は雲太へ得も言われぬ力をだくだく、注ぎ込んでいった。さあこれで手に入らぬものはなくなりましたよ、と光が内から雲太へ囁きかける。だのに何を好んで辛い思いをすることがありましょうか、ついに野はあなたの思うままとなったのです、とさえ語ってみせた。

 そのどれもが嘘である、とは思えない。

 なぜなら雲太には万枚の銅銭があった。

 手ごたえがニヤリ、雲太の頬を歪ませる。

 さて、どこへ帰るつもりであったのか。憧れ見つめる目の中で、雲太は堰を切ったように笑い出す。心のままに高らかと、空を仰いでみせたのだった。

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