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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  68

「あたしにも三枚おくれ!」

「おいらは十枚だ!」

「いたたたた。押しちゃあ、危ないよ!」

「うるさい、うるさい。始まっちまう。早くしろ!」

 手を振り上げて肩を揺らし、押し合いへし合い、みなしてえらい剣幕だ。大国の前に立てば、大屋根の下から聞こえてくる声に雲太は驚かされていた。

「これはえらいことになっておるな」

 あっけに取られ、いやいや、と頭を振る。

「いや、失礼。すまん。何がどうなっておるのやら。そら、ちょっと見せていただきたい」 

 意を決し、雲太も中へ身をもぐり込ませてゆくことにした。

 やがて押し合い重なる人の頭の向こうに台は見えてくる。押し寄せる人をせき止めた台の前には男が一人、立っていた。身なりはずいぶと小ぎれいで、すぐにも大国の者だと察しがつく。そんな男は気後れすることなくこの人ごみを一手に引き受けると、なにをや忙しくさばいていた。

「はいはい。そちらさんは五枚でしたね。次が三枚の、十枚。押さないで、押さないで。お待ちくださいよ。今、順に、順に、ご用意いたしますから」

 口ぶりも、浮かべた笑みも慣れたものだ。小気味よく台の上でぽんぽん、判をついている。かと思えば乾かぬうちに持ち上げて、印の押された紙の束をゆするとひい、ふう、みい、と数え始めた。めがけて突き出されたダイコク銭と取り替えていったなら、なるほどそれがタカラくじなのだろう。雲太も見て取る。

 だがそれにしても、と雲太はひとたびあたりへ目をやった。これではそのうちクジのせいで、けんかのひとつも始まりそうだとしか思えない。おっかない、おっかない。もう十分見たからと、人だかりから抜け出すことにする。動かぬ体できびすを返した。

「おうい、シソウ、そろそろだぞう」

 声は上がる。

 とたん足は地に貼りついていた。

 そんな雲太の前にタカの姿は浮かび上がると、村へ戻ることのなかった旦那を思い寂しげと目を伏せてゆく。

 雷に打たれたかのように、急ぎ雲太は振り返っていた。どこに、だれが、と声の主を探して目を泳がせる。はい、今すぐ、と聞こえたなら、ほかでもない台の向こうで判をつく男の姿は目にとまっていた。

「これにて締め切りとさせていただきます。どうぞ、お求めの方はもう少し前へ、前へいらしてください」

 男、シソウはそこでくじを小気味よくさばいている。

 顔を、雲太は穴が開くほど見つめ続けた。

 うちにもあたりから人気は失せてゆき、女がくじを受け取ったのを最後に、やがて屋根の下には雲太だけが取り残されることとなる。

「そちらはいかほど、ご入りようですか」

 そんな雲太へシソウは今にもぽん、と突きそうに判をかまえ笑んでいた。だとしてくじが欲しくて雲太は立っておるのではない。

「タカの旦那、シソウとお見受けしたッ」

 ぶしつけと台へ身を乗り出す。

「これに見覚えがあるはず」

 携えてきたものを髪からほどき突き出した。

 様子にシソウはずいぶと驚いた顔つきだ。しばし雲太を見つめ、持ち上げていた判を下ろすと、あらため黒い石が結わえつけられた麻ヒモをのぞき込んでゆく。

「……確かに。これはわたしがタカへ渡したもの」

 言うものだから、やはり、と雲太は頬を引き締めていた。

「わしは雲太と申す旅の者。その方の村を通り、ここまで来た。村ではこの通り、タカに会ってきてもおる。よく聞けシソウ。タカはお前が帰ってこぬことをたいそう心配しておるぞ。だからして見かけたならそのことを伝えるとタカと約束もしてきた。案ずるな」

 何より知りたかろうはこのことだろうと、雲太はシソウの目をのぞき込む。

「もう龍は村へこん。災いを起こしておった魂は鎮まられた。ほかの働き手もみな戻ってこれまでとおり仲良うやっておる。お前も安心して村へ戻れ。戻ってタカを安心させてやれ」

 そら、と麻ヒモをシソウへ促した。

 だがシソウの手こそ伸びてこない。

「そうでしたか」

 ただ返す。

「そ、そうでしたかとは、どういうことだ」

 まくし立てた雲太の方こそしどろもどろになっていた。

「ご覧の通り、わたしは大国へ勤める身でございます。勝手と帰ることは許されません」

「しかしタカが……」

 その手元で判はすっかり乾くと、シソウはていねいに色をあてがいなおしている。もちろん、と答えてこうも続けていた。

「終われば村へは帰る心づもり。そのさいには食うに困らぬ穀どころか、尽きぬ富をちょうだいして戻る約束もとりつけております。龍の一件をご存じなら、そちらもよくお分かりでしょう。わたくしはあの出来事で田畑が当てにならぬことを、いやというほど思い知らされたのです。ですから大国に誠心誠意、奉公することを決めました。そのあかつきに、この手を銅銭の畑に変えてみせると己が心に誓ったのでございます。どんな苦労もいとわぬと覚悟したのでございます。嫁であればそのような旦那を支えこそすれ、足手まといは慎むもの。勤めを放って帰れなど迷惑千万。まったくもってふがいない」

「なんの。尽きぬ富が何だか知らんが、タカはそのことを知らぬ様子ではないか。せめて知らせてやるべきであろう。そもそもだ、お前の手に入れようとしておるそれはタカより大事なものなのか」

 ふん、とシソウは鼻さえ鳴らすものだから、雲太こそ黙っておれず確かめる。

「もちろんでございます」

 あっさり返され唖然とした。

 色の行き渡った判を、前でシソウは持ち上げる。

「さあ、つまらぬ話はここまでです。お求めになられるからこちらへ参られたのでしょう。何枚になされますか。先ほどから向かいで当りの取り決めを待っております」

 言いようにも、鼻持ちならない面持ちにも、雲太の肩へ力は入った。だん、とたまらず台へと手のひらを叩きつける。

「もうよいッ。だがこれはタカとの約束だからして、そちらへお渡しいたすッ」

 預かってきた麻ヒモをそこに残した。だのに、ご苦労様でした、と頭を下げるシソウはまったくもって他人事だ。なおのこと雲太ははらわたを煮えくり返し、ええい、で袂もまたまさぐった。最後の銅銭を掴み出し、たがわずそれも台の上へ叩きつける。

「もらえるだけだ。くじもいただけば文句はあるまいッ」

 目をやって、シソウはぽん、と紙切れへ判をついてみせた。一枚こっきり、雲太の前へくじを差し出す。

「どうやら少し足りぬようですが、ここまで色々お運び頂いた分がございます。差し引かせていただきました。どうぞ気兼ねなくお受け取り下さい」

 もう辛抱ならない。

「タカがかわいそうでならんッ」

 吠えて雲太はくじを毟り取る。きびすを返せば背でつむじ風は起きていた。その背へシソウはこうも言う。

「ダイボウ様の手業(テワザ)をご覧になれば、あなたもお分かりになりますよ」

 知ったことか、で雲太は足を振り上げる。大屋根を蹴り倒さんばかりの勢いだ。それきり大国を後にしていった。

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