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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  67

 翌朝、これまた出された豪勢な朝げをたいらげ、見送りに出てくれた女どもへ礼を述べる。昨日はずいぶん寄り道をしてしまったのだから急がねばなるまい。手を振り、振られて雲太らは大屋根を後にした。

 さすがに銅銭は使い果たせたようで、一枚も雲太の元に返ってきてはいない。少し寂しくあったが代わりに心と腹が膨れていた。抱えてこれまで以上に勇み励むと出雲へ足を繰り出すことにする。

「マソホの村も、ここで布とダイコク銭を交換しておるのだろうな」

「そうですね。ダイコク銭を持っておれば、このように不自由はいたしません。きっといくらかはそのようにされておるのでしょう」

 肩を並べて歩く京三も、賑わい始めた通りの向こうを見つめて言う。

「雲太さ」

「どうした」

 声に目をやれば掴む袂をつくしが指をさしていた。

「ここに一枚」

 昨日、すべて渡したものと思い込んでいた銅銭は、のぞき込んだ袂の中に残っている。

「こやつ、はぐれおったな」

 つまみ出して雲太は笑いかけた。

「ああ、牡蠣の釣り、とやらでもらったぶんですね」

 見上げて京三も口添える。

「さて、どうしてやるか」

 アゴをなでつけしばし思案し、やがて、よし、と雲太は声を上げていた。

「よき思い出のしるしだ。お前はわしのところに残れ」

 続く、がはは、の笑い声は朝から豪快と響き渡る。聞いてつくしも、あら、と微笑み、京三も、確かに、とうなずき返した。気づいてその目を足元へやる。

「どうしました。和二」

 その通り。さきほどからひとつも声が聞こえてこない。いつも先頭を切って歩きたがる和二は今日に限って雲太らの後ろを歩くと、京三のくくり袴をぎゅう、と握りしめていた。

「なんだ、元気がないな」

 雲太も見下ろすが、答えず和二はなおのことうつむいてしまう。おかげで四人の足は歩き出して間もなく止まってしまっていた。仕方ない。京三がそんな和二の前へ屈み込む。ならぼそり、と和二は教えて言っていた。

「……おいらは、腹が、痛いぞ」

 とたん、ああ、とへこんでいったのは京三の眉だ。

「昨日、山ほど食べましたからね」

 うん、とうなずく和二は頼りなげである。

「厠へ行きますか」

 たずねると、それにも和二は、うん、とうなずき返した。見届け京三は立ち上がる。

「連れて行ってきます。少しこちらで待っていただけますか」

 もちろん行かせてやるしかない。雲太は二人を促し、では、としょげる和二の手を引き京三は、やがて行き交う人混みの中に紛れていった。

 さて、見えなくなってしまえば勇んでいただけに腰を折られたようで始末が悪い。雲太はふう、と息をもらす。手持無沙汰のまま右へ左へ、頭を振った。何をや巡らせる思いにその目を寄せる。

 というのも雲太にはひとつ、見ておきたいところがあった。これほどまでによい思いをさせてもらった銅銭だ。持ち込んだ大国とは、さぞかし素晴らしい大屋根であろうと思えてならない。だからしてこうして待っておるうちにひょい、と行ってちらり、見てこようか、と考える。よし、とつくしへ振り返った。

「つくしもここでしばらく待っておれるか」

「雲太さも厠ですか」

 声を辿ってつくしは顔を上げ、雲太は、いやいや、と首を振り返す。

「もう来ることもないだろうからして、最後にちょっと見ておきたいところがある。だが誰もいなくなってしまえば戻った京三たちが困るだろう」

 つくしは、なるほど、と聞き入れた様子だ。それからあれやこれやと思案をし、やがて雲太へ微笑み返した。

「お二人のことは、このつくしにお任せください。ですが早うお戻りを」

 任せて雲太は人混みの中へ足を繰り出す。それにしても相変わらずの人の多さだ。呆れながらも並ぶあまた品を横目で楽しみ、やり取りを心地よく聞きながら大国の大屋根を探した。

 するとどうだろう。行く手にことさら黒く人だかりのできているところは現れる。あ、と目を瞬かせたなら間違いない。人だかりの詰めかけておる屋根にこそ、「大国」と看板は掲げられていた。

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