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来 神 ’  作者: N.river
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尽きぬ富 の巻  65

 空ゆく鳥の落とす影が市をなぞって駆け抜ける。

 雲太らはその時、えもいわれぬ賑わいの中を人にもまれて歩いていた。両側には見たこともないような品を並べた大屋根が連なり、その軒先にはこれまた珍しげな品に美味そうな食い物を並べるムシロがところせましと広げられている。大屋根の下もムシロの前も、番をする者らの威勢はよく、おっかなびっくり歩く雲太らにも親しげな笑みを向けると、自慢の品を勧めて次から次へ話しかけていた。初めての雲太らは気おくれして遠慮するばかりであったが、慣れた者など気安く応じて足を止めると、負ってきた品と交換の話を進めている。一部始終は手際がよく、眺めて雲太らは感心するとまた先へ歩みを進めるのだった。

 やがてどうにも行き過ぎるに気がかりなムシロは現れている。なにしろ艶やかで美味そうなものばかりを並べる市の中、そこだけは水に浸した黒いつぶてをゴロゴロと並べていたのだ。こんなものと手持ちの品を交換したがる者がおるのだろうか。思えば体はムシロへ体は吸い寄せられてゆき、気づけば雲太らはつぶての前に立っていた。

「な、んだ。これは」

「ここは石をおいておるのですか」

 たずねて京三も素っ頓狂な顔を向けている。なら袖のない衣を羽織った番の者は、よく日に焼けた銅色の頬を盛り上げ大いに笑ってみせた。

「冗談をいいなせぇ、これは貝だ」

「か、貝だと」

 雲太らはたちまちえっ、と眉を跳ね上げる。何しろ貝といえば扇の形をしたつるりと丸いものしか見たことがない。様子に男は食ってみるか、と雲太を誘い、これは確かめねばなるまいと雲太もようし、で腕をまくりあげた。と、男の手はすかさず雲太へ差し出されている。

「何と交換する」

 その通り。ここは市だ。思い出した雲太の勢いはあっというまに削がれていった。

「いや、そうだった。だがわしらは旅の者だからして、その、替える品など持ち合わせておらんのだ」

 だが男は目ざとい。すぐにも和二の担ぐマソホの赤い布へ指を向ける。それとなら交換してもよいぞ、と雲太へ持ちかけた。考えになかった雲太はただただ驚かされ、これはわしらがまこと川へ毒を流した者を見つけた褒美だからして渡せん、と首を振り返す。

「なら食わせられん」

 それきりそっぽうを向いてしまう男は先ほどまでが嘘のように愛想がなかった。

「うむ、市とはやっかいだな」

 出し惜しみをされているようで心地悪く、はたと思い出したところでいそいそ、雲太は手を袂へもぐり込ませる。つまみ出した銅銭を指に挟んで男へかざした。

「なら、これではどうだ」

 とたん大きく見開かれたのは男の目だ。

「なんの、ダイコク銭か! そら、あんた、いいモン持っておるではないかぁ」

「そんなにいいものなのですか」

 銅銭など何の役に立つのやら信じていなかったのだから、京三こそたたみかけていた。向かって男は、そらそうだ、とうなずき返す。実に楽しげと銅銭にまつわる話を始めたのだった。

 それは名に由来する「大国」という大屋根が始まりらしい。大国はまず、負って来た品と銅銭を交換し、その銅銭でタカラくじを求められるのだとふれて回ったそうた。そのタカラくじが大当たりとなれば何倍もの銅銭が手に入ると、そうして手に入れた銅銭で大国の屋根の下にある物なら何でも交換することが出来るのだ、とふれて回ったらしい。

 とはいえ最初、銅銭とくじを交換する者がいたところで、誰もぴんときていなかったらしい。

 ところがついに大当たりを出した者は現れた。

 さかいに市は様子を変える。

 何しろ市と村とを何往復すれば得られるというのか。それほどの銅銭をあっという間にもらい受けたその者は、たんまり使ってありとあらゆる品を苦もなく手にしていったのだ。目にしたなら誰もがくじを、そのための銅銭を、欲しいと思うようになっていったのだ、ということだった。

 そんなわけでタカラくじを手に入れるため、品をまるごと銅銭へ替えようとする者が大国へ押し寄せるようになり、それらを欲しいままに手にしようと、ダイコク銭はいつしか他の大屋根の間でも喜んでやり取りされるようになっていったのだということだった。

「だいたい穀も菜も魚も肉も、器も布も、破れるうえに食えばなくなる。食わねば腐っておしまいだぁ。だがダイコク銭はな、腐りもせねば破れもせん。一度、穀一握りと取り替えたなら次の年もその次の年も、未来永劫、変わらず穀一握りのままだ。それだけでも持っておれば安泰のところを、タカラくじが増やしてくれるというならなおさらみな欲しがりよる。ほんにダイコク銭はええ。何にも勝る素晴らしかもんよ」

 話す男は目じりを下げ、聞いて雲太も、ほぉ、とアゴをなでつけた。

「ならわしはそのつぶてが欲しいッ。そちらはこのダイコク銭が欲しいッ。みなにひとつづつだ。これと交換できるかッ」

 改め銅銭を突きつけた。様子に男も声を張る。

「そうとも。決まったっ」

 早速、つぶてを掴み上げ、雲太らの見ている前でひと所に狙いを定めてカツン、太刀のような小さな道具を差しこんだ。器用にねじって二つに割り開けば、見てくれとは裏腹のつるりとした真っ白い内側に、ぷくりと膨れた貝の身は姿を現す。

 のぞき込んで雲太は、おおっ、と声を上げ、前にして男は次々、貝を開くとムシロの上へ並べ置いていった。

「そら、つまんで食いなされ」

 促されて雲太は男の手に銅銭を乗せる。その手でつぶてと思いこんでいた貝を取った。持ち上げ、四方から眺め、柔らかそうな身へ指を伸ばす。人差し指と親指でつまみ上げれば、それはてろん、と大きく雲太の前にぶら下がった。和二と京三の見守る中、恐る恐ると口へ落とす。

「どう、ですか」

 ごくり、息をのんだ京三が問いかけていた。だが貝の身は大きすぎて、雲太はすぐに答えてやれない。とにもかくにも、もぐもぐ食んで、たちまち、うん、うん、見開いた目でうなずき返した。飲み込むが早いかヒザを打つ。

「うまいッ」

 だろう、だろう、と言う男は自慢げだ。それは牡蠣という貝で、生で食えるのは海が近いせいだ、とも雲太らへ教えた。そして、そのように大きな牡蠣を獲ることができるのは浜の守り神のおかげでもある、と自慢げに語る。だからして次に手をつけた和二と京三は、手を合わせてから貝を食らった。つくしもおっつけ雲太の手を借り味見したなら、三人は牡蠣の美味さをあれやこれやと語り合う。それはこうして訪れなければ巡り合うこともなかった遠い場所の神からの、ありがたくも格別な恵みで間違いなく、銅銭があれば得ることのできるかくも至福のひと時であった。

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