つくし の巻 64
「む、急ごう。行方知れずの神もここまでくれば、近くにお隠れになっておられるやもしれん。見つかれば話も早い」
よし、と三人はうなずき合った。見て取ったかのようにつくしも雲太の袂を握る。連れて雲太は、こっちだ、と帰って来たばかりの方へ歩き出した。
幾らも行けば雲太の話したとおりだ。四人の前に村は見え始める。そのうねを耕す者に辺りのことをたずね、この先、そびえる山を越えたところに市があると教えられていた。
そんな村が遠ざかれば、辺りは緑に覆われるばかりとなる。ならば人気も失せるが道理だが、この道に限っては様子が違うようだ。雲太らの周りには、囲う山を越えて下りてくる人の姿が目立ち始める。その誰もは驚くほど大きな荷を担ぐと、馬に牛をひいていた。そんな馬に牛もまた山のような荷を負っており、雲太らと同じ方へ一様に足を繰り出している。みな市へ向かっているのだ。分かれば数の多さに雲太らはひたすら驚き、目を見張った。
「す、すごい人です」
前に後ろに囲まれて京三が上ずる。
「これでは市から人があふれてしまうのではないか?」
心配でならず雲太もいぶかった。
見えぬつくしも音に怯えて雲太の袂を引く。
「雲太さ、つくしらの行く道はどうなってしまったのですか」
「うむ。ずいぶんたくさんの人がおる。みな、この先の市へ向かっているらしい。離れずついてくれば蹴られることはない。ついてこれるか」
あらためて辺りを見回し教えたなら、つくしは、はい、とだけ答えて、雲太から離れまいと身を添わせた。よし、それでこそわしの嫁だ、と雲太は讃え、気を確かについてこい、と前を見据える。
そんな道は今や、あふれんばかりの人と馬に牛で埋め尽くされていた。舞い上がる砂埃に果てはかすみ、やがてうっすら全てを飲み込み連なる大屋根は雲太らの前に浮かび上がってくる。
その一角、大国の裏庭で重たげな笑みは、まさに兄神らの頬へじんわり、広がろうとしていた。
「よくぞお誘いくださった。我ら八十神、オオモノヌシにひと泡、吹かせることができるなら勇んでその話、お引き受けいたそう」
一番兄が、これまでにないほどと瞳を輝かせる。
「さて、時は?」
隣から二番兄もまた身を乗り出した。
「自ずと知れるもの。ただしそう遠くはない。それまでに国津神らを……」
大国の主は話すあいだも祠の傍らに立ったままだ。
一番兄は言葉に何度もうなずき返す。
「オオモノヌシに芦原の野など、もったいない。野は、我ら八十神、国津神の治めて鎮まる地」
「いずれも共に治めて興すが道理と、心得たり」
後を主がつないだなら、互いは互いの目をのぞき込み合った。
やがて一番兄が静かに主へ頭を下げる。通りへ向かいきびすを返した。なあ残る兄神らも次々、面を伏せてゆき、一番兄の後を追う。
見送った主が一息ついていた。祠の石垣へ再び腰を下ろしたなら、照りつける日は地を白く焼きつけ、脇の池で鯉が跳ねる。話すあいだどこぞで地面をつついていた鳩もぱさぱさ、戻ってくると、袂へ手を差し入れた主は取り出した穀のくずを、くうくう、鳴いてせがむ鳩へ投げて与えた。こちらへ、とあさっての方へ声を投げる。応えて動いた影は池の向こう側でだ。兄神らをここまで案内してきた男は滑るように主の前へ歩み寄ると、ついた片ヒザで小さくうずくまる。
「明日のくじを見届けてのち、ここを離れる。後のことはダイボウが取り仕切るゆえ、従い大国を切り盛りせよ」
告げる主に、ひとつ、体を沈み込ませ答えて返した。
「そういえばお前との約束も、もうそろそろであったな」
「は」
ぱっぱ、と鳩へ餌をまきながら、 主はそうも付け加える。
「欲しいものがあったとか」
「は、食うだけではなく、大国の力を授かり、尽きぬ富を村へ持ち帰りとうございます」
声へ、ふん、とうなずいてみせた。
「望みのものはダイボウから受け取るがよい。そのようにわたしからもとりはからっておこう」
聞かされ驚いたのか喜びからか、男は体を浮き上がらせる。押し止めて再びこれまでにないほど深く主へ伏していった。
「ありがたき幸せ。村の者らもたいそう喜ぶことかと。代わり、わたくしから深くお礼申し上げます」
「なに、そなたは大国へよう尽くしてくれた。村の者らも救われて当然であろう。遠慮せず持ち帰るがよい」
言って最後の穀をまき終えた主は、ぱんぱん、払って手を叩く。
音に鳩が舞い上がっていた。
主もまた石垣から立ち上がる。
「勤めを終えたあかつきには、早う戻ってやるがよいぞ。の、シソウ……」
男の名を口にした。
おうおう、よかった、よかった。
烏が胸をなでおろしたのは大屋根の下へもぐりこんでからというもの、どういうわけだか兄神らの姿がさっぱり見えなくなってしまったせいだ。このようなスラムとはいえ、お見かけしたなら何も言わず立ち去るというのも失礼だろう。そのうえこの辺りにおられたのであれば、探す神のことをたずねても損はないと思えてならない。
するとそれは大屋根の中から飛び出してきた鳩に驚かされた後のことだった。見失っていた兄神らの姿を、烏は市のはずれに見つける。今度こそ、と狙い定めてきゅるり、翼をひるがえしていた。どちらへ向かうつもりか。どんどん市から離れてゆく兄神らを追いかけ、空を滑り降りていった。