つくし の巻 63
そんな京三の足取りが乱れることはない。和二もぴょんぴょん跳ねて、みなの先を歩く。かと思えば袂につくしをくっつけた雲太まで駆け戻ると、穴が開くほどつくしを眺めてまた、わぁっ、と先頭へ駆け戻るを繰り返してみせた。
うちにも空は赤く焼けて、誰もの足元から夜の気配に引っ張られ影が長く伸びてゆく。絡ませた四人は、ついに山を後にしていた。
さて、雲太らの足であれば明るいうちにもうひと踏ん張りできそうだったが、つくしのことが分からない。なので兄弟は相談をすると、今日はここで荷を下ろすことを決める。少し早いが夕げの支度に取りかかることにした。
「それではみな様、どうぞゆるりとお休みください」
つくしが言うので目を瞬かせる。だがそれこそ見えていないからか、気にすることなく衣の袖をまくり上げたつくしはもう、長く垂れた袂をくいくい、脇へ押し込んでいた。
「いえ、つくし殿こそ、こちらでお待ちください」
京三が押しとどめようと、目のことがあるからして雲太もうなずき返そうと、ことのほか張り切りつくしは口を開く。
「いいえ、見えぬからなどとご心配なく。村でも支度はつとめておりました。粥炊きくらいがなんです。しかと、つくしがこさえてみせます」
それも嫁の勤めですから、とつけ加えてくるり、身をひるがえした。
仕方ない。任せてしばし、雲太らは荷の隣に腰を下ろす。
前でつくしは薪を拾うつもりでいるらしい。すたすた山へ向かい歩いていった。その足が山道から逸れても進んだかと思えば、がくん、窪地の向こうへ姿を消す。目にした雲太らは跳ね上がり、なら、落ちてしまいました、と笑ってつくしは這い上がってきた。目にしたならこれはいかん、で雲太らも薪集めを手伝う。
その薪を組むつくしの手際は、見えておるようでなかなかよかった。だが見つけた川で穀を洗って戻れば半分ほどが流されており、それでもナベをかまどへ据えて石を打てば、つくしにも火は起こせるのです、と振り返ったつくしの袂こそ火をくすぶらせていた。様子に雲太らは目から火が出るほど驚いて、慌てふためき叩き消すこととなっている。それからというもの火に驚いたつくしは泣いてしまうと、もうよいから、と雲太はナベからつくしを遠ざけてしまっていた。
「本当に、村でやっておったのか?」
前において雲太は問い詰める。
「まったく、危なくて見ておれんぞ」
言う口はへの字と曲がり、つくしはといえば目からぽたぽた、涙を落とした。ままに答えて首を横に振ったなら、見て取った雲太の顔はますます厳しくなってゆく。
「嘘などついてはならん。わしはそんな嘘つきを嫁にもらった覚えはないッ」
おかげで燃えてしまいそうになったのだから、叱りつける声の加減もできはしなかった。
剣幕に、代わって粥炊きをしていた京三が顔を上げる。
なおさらつくしは泣いて両の手でまぶたをこすり、見かねた和二が京三の傍らから駆け寄ってくる。だが見えぬつくしが振り返ることはない。
「……できんとつくしは、いらんと、雲太さ、に、……いらんと、言われてしまいます」
ただ絞り出した。
とたん雲太の口は、あ、と開いたままで動かなくなる。
それきり座り込んでしまったつくしは、ただなきじゃくった。
見下ろす雲太にかけてやる言葉は浮かんでこない。ただやりとりをじいっと見ていた和二だけが、つくしの隣へ屈みこむ。
「大丈夫だぞ。おいらもいっぱい、いっぱい、できんことがあるぞ。つくしもおいらと一緒にがんばるぞ」
声につくしが体を揺らしてうなずき返していた。その頭をいいこ、いいこと、和二はなでる。うなだれた雲太が去ってもなお、いいこ、いいこ、となで続けた。
粥がようよう炊き上がった頃には、つくしもいくらか泣きやんでいて、粥が炊けなくとも嫁は嫁だから気にせず食えばいい、という雲太と共に夕げをすする。
疲れてれ火の周りで横になったなら、四人は落ちてくるまぶたに任せて眠りについた。そのあいだもつくしの手は、雲太の袂を握ったままだ。かたときも離そうとはしなかった。
日が昇れば前へ進むもまた雲太らの勤めだろう。四人はナベの残りをさらえて朝げをすませる。また迷ってしまわぬよう、雲太は道を確かめるべく先に出かけ、京三は薪に残る火種をつぶして慣らした。あいだ和二はつくしと川へナベを洗いに向かうことにする。
昨日、約束したとおり、つくしの手を引き教える和二は、兄らとばかり過ごしていたせいで初めての遊び相手を見つけたかのように楽しげだ。つくしもつくしで和二となら気楽に過ごせるらしい。教えられるままに手を動かし笑う様は、眺める京三の頬を緩ませてもいた。そんな二人が洗い終えたナベを手に戻れば、おっつけ雲太も帰ってくる。
「もうしばらく行けば村があるようだ。人がおるから、この道で間違いない」
「村? それは市のことですか。出雲もだいぶ近いはずです」
荷を担ぎ上げた京三が問い返す。
「いや、畑が見えておった。ただの小さな村だろう」
雲太も、マソホの赤い布を差した荷を背負う和二を手伝い返した。
「早く大国主命の元へ向かわなければ。国が危ういことを知らさねばなりません」
面持ちを引き締めた京三に続き、屈めていた身を雲太も起こしてゆく。