つくし の巻 62
「と、いうことで嫁ができた」
それからつくしはずっと雲太の袂を握ったままで、雲太は和二と京三へ仕方なく言って知らせることにする。なら二人はもののけにでも会ったかのような顔をして、とたんに何もしゃべらなくなった。だが本当なのだから、どうしようもない。これまた仕方がないので雲太は、まいった、まいった、と笑った。
だが笑いはそれ以上、さっぱり弾まない。
開いていた京三の口もやがて閉じられてゆく。それきりむん、と息を吐くと山道を踏み割らんばかりに雲太へ歩み寄っていった。しばらくお借りいたします、とつくしへ頭を下げるが早いか、兄上、ちょっとこちらへ、と雲太の耳をつまみ上げ、雲太が、いたたたた、と声を上げようが藪の方へと連れてゆく。そこでようやく雲太から手を離すと、しゃー、と怒れる蛇となった。
「雲太ぁっ、あなたは厠へ行っておったのではなかったのですかっ。だのにどういうわけでっ、わけでっ、嫁が出来るのですかっ。厠に行って、どうして嫁がついて帰って来るのですかっ。わたしたちには大事な命があるのですよっ。なのにあなたは、あなたは一体、何をしておいでなのですかぁっ!」
はあはあ、息さえ弾ませる。
「な、何もそこまで怒ることは……」
耳を押さえて雲太は涙目となるが、京三はまたしゃー、と吐きつける。勢いに雲太は縮こまり、どうにか一枚岩での出来事を話して聞かせていった。するとどうだろう。せり上がっていた京三の肩は元へ戻り、つくしの目のことを知ったあかつきには眉さえへこませ気の毒に、とうなだれる。そろり、つくしへ振り返っていった。ならそこでつくしは頭を垂れると、珍しげと眺めて跳ね回る和二を周りにまといつかせ、じいっと雲太の帰りを待っている。様子はなお不憫と京三の目に映った様子だ。ついにため息さえもらすのだった。
「そのようなお方だったのですか……」
「のう、死ぬか生きるかであったのだ。気が動転しても当然。わしが本心で言ったのではないことくらい、いずれつくしも気づくであろう。そら、つくしの方こそ本当にわしの嫁になるつもりでおるとは思えん。しばらくもすれば気も変わる」
「それまでのかりそめの嫁、というわけなのですね」
落ち着きを取り戻した京三の眼差しが雲太をとらえる。受けて雲太も、そうだ、とアゴを引いて返した。
「うんにい、けいにいっ!」
そこへ駆けつけたのは、つくしの周りを一周し終えた和二だ。一大事と息を切らせて二人へ教える。
「おいらは嫁を初めて見たぞ。嫁はとっても優しそうなんだぞ。優しそうで、とっても柔らかそうなんだぞっ!」
なら笑って雲太は、そうか、そうか、とその頭をぐりぐりなでてやった。
「それはよかった。わしの嫁だからして、これから共に出雲へ向かう。みなできちんと挨拶をしておこう」
言葉に和二は何度もうなずき返し、三人は再びつくしの前へと戻る。その足音へ顔を上げたつくしへ和二と京三を兄弟だと教えた。話につくしは、まあ、と喜び、嫁のつくしです、としずしず頭を下げ、雲太にもしたように一人づつ、ぺたぺたと顔を触って様子を覚えてゆく。終われば雲太は、自分たちは国造りを手伝うため魂を詣で、大国主命に出雲まで会いに行くところであるからして、つくしもついてくるように、と示した。知ったつくしはことさら瞳を輝かせると、そのように大事な命をお持ちの方の嫁になれるなどとは思いのほか、つくしもお国のためになりたくぜひともお供させてください、と返してみせる。まったくもって妙な話だったが、こうして一行は四人に増えると再び山道を下っていったのだった。




