つくし の巻 61
「な、なんだ」
両頬を挟まれて、雲太は目をぱちくりさせる。
だが答えず娘御はそれきりぺたぺた、雲太の顔を探り始めた。ずんぐりした鼻へ、濃い眉へ、大きな口へと触れて回る。
あっけに取られて雲太はされるままとなり、ようやくわけに気づくと寝転んでいたそこから身を起こしていった。
「まさかお前、目が、見えんのか?」
押されて向かいにぺたり、と座り込んだ娘御は、こくり雲太へうなずき返す。
「それで死のうと……」
様子に雲太は言葉をなくし、感じ取った娘御は身を乗り出していた。
「やはり見えんようでは、だめですか? 嫁にはもらっていただけませんか?」
面持ちは心配げで、たちまち雲太は困り果てる。何しろ嫁にしてやる、と口走ったのはのっぴきならなかったせいで本心からではない。娘御も、助かればそんな約束などすっかり忘れて雲太の元を去るだろうと思っていたのだ。だがあては外れると、真を明かせばこの娘御こそまたもや飛び降りてしまいそうでならなかった。
「あ、いや、その」
目を泳がせて、解けたままの袴のヒモが目に入る。酒が入っていないのだから仕方ない。あいや、いや、いや、で引き上げ、いや見えておらんのだからと思いなおした。だがじいっ、と雲太を見つめる瞳はまるで見えているかのようで、急ぎ雲太は整えなおすことにする。
「こ、これは困ったことになったな」
言わずにおれない。
「やはり、めしいておっては、もろうてもらえんのですね」
聞こえて娘御のひざ頭が、また岩の先へと向けられる。
「なッ、何をいっておるッ。見えぬことは見えぬことだッ。気にはしておらんッ」
などと咄嗟に口走ったのは先ほどと同じで、だからしてはっ、と我に返るがもう何もかもが手遅れとなっていた。
「ほんとう、に?」
曇りのない真っ黒な瞳が雲太へと見開かれてゆく。それこそ金輪際、嘘だ、とは言えなくなってしまっていた。
「ほん、とう、だうッ」
唸って返事をひねり出せば、その目は寄って顔は鬼とむくれたが、それこそ娘御には見えていないのだからかまわない。証拠に娘御の頬もたちまち桜色へ染まってゆく。雲太をおののき後じらせるほど、きらきら瞳を輝かせた。瞬き改めると岩の上で座りなおす。そこにそろえた指は白魚か。立ててしずしず、雲太へ頭を下げていった。
「名を、つくしと申します。不束者ですがどうぞ末永くよろしくお願い致します」
前にして雲太は、ぎゃふん、と跳ねる。こうはしておれない。急ぎ投げ出していた足をしまいこんだ。
「わ、わしは雲太だ」
とにもかくにも頭を下げる。勢いあまってごん、と岩へぶつかり目を回すも、これまたつくしには見えていないのだからつくしは微笑んだままだった。
「それでは旦那様、旦那様はこれからどちらへ向かわれますか。つくしはとうに捨てられた身。どこへ戻るつもりもございません。つくしは、つくしの命を救って下さり、嫁にまでもろうてやるとおっしゃる旦那様をどこまでもお慕い申し上げます。どこなとつくしに申してくださいませ。お供させていただきます」
言うものだからぶつけた頭のふらふらに加えて雲太は、たちまちくらくら、気を失いそうになっていた。
「いや、いかん。旦那様、はいかん。わしのことは雲太でよい。これからは雲太と呼ぶように」
どうにか正気をつなぎとめ正す。ならつくしはしおらしく、はい、とだけ答え、様子になおさら、いかん、と雲太は言い含めていた。
「それから、そんなにかしこまらんでもよい。その方も疲れるだろうがわしも疲れる。いつも通りに振る舞え」
言い分はずいぶんおかしかったようだ。つくしはくすり、笑う。その笑みでまた雲太をどきりとさせると、こうも雲太を呼びなおしていた。
「はい。雲太、さ」
あわわ。
うめく雲太へ、かまうことなくつくしは手探りで近づいてゆく。触れて手繰った袂を、きゅうと握りしめたのだった。