昔々 の巻 6
この嫁の名はたいそう有名な櫛稲田姫だ。
やがて互いの間には八人の子、いわゆる八十神が産まれた。
そんなこんなで月日が経つのはまこと早く、その子らは皆、大きく育つと、そろいにそろって、いささかチャラいイケメンとなった。いや、たった一人を除いては、といえよう。なぜなら派手な兄を七人も持ったせいで末っ子の大物主だけは男版シンデレラと、虐げられる日々を送っていたのである。だからしてどこぞにめっぽう美人の姫がいるとサインに握手、あわよくば結婚なんぞ考え向かった兄たちに付き合わされた時も、ただただ振り回されていただけだった。
ところがこの姫、男を見る目はあったらしい。チャラい兄たちより苦労してきた大物主がいい、と正面切って言う。
苦節、ン十年。大物主が泣いたかどうかは定かでない。だがこの一言により高かかったがからきし軟弱だった兄らのプライドは大いに傷つくと、「大物主のクセに」と怒り狂うまま報復を誓たのだった。
兄らはまず、火であぶった石を転がし大物主を焼き殺している。続いて誘い込んだ森で木の割れ目に挟み込み、ぺしゃんこに潰して殺した。そう、二度にわたって殺された大物主は、なんと二度にわたって「結び」の力で蘇ってみせたのである。ナンセンスだろうが潜り抜けたならこれほど壮絶なこともなかった。そしてこの無茶苦茶加減に一番びびった者こそ大物主本人となる。このままではやっておれん。このころ念願かなって黄泉の国で番をしていた父、素戔嗚の元へ助けを求め、向かったのだった。
が、運命はここでも大物主にちょっかいを出す。素戔嗚の元で大物主が目にしたのは、なんとも美しい素戔嗚の娘、須勢理姫だったのだ。もう今までの修羅場なんぞ一気に吹き飛び、電光石火で大物主は恋に落ちた。なら姫も姫でイケメン兄弟の末っ子ゆえ見てくれも悪くなく、むしろ修羅場をくぐって引き締まった大物主に一目ぼれする。二人はすぐにも結婚の約束を交わすという大恋愛に陥った。
え、二人は兄弟じゃないのかって。
まあ、まあ。そこはソレ。神はおおむね長生きなのだから、こんなことも起きるのである。
しかし、おやじの心理には古いも新しいもありはしなかった。兄よろしく子が子なら親も親だ。大事な娘を手離したくない一心で大物主へ次から次へ試練を与えた。リアクション命の若手お笑い芸人でもあるまいし、蛇のうごめく小屋へ放り込んだり、ムカデと蜂の駆除を強制したり、挙句の果てには大物主のいる野原へ火を放ってみたり。騒ぎはもう熱湯風呂どころではすまされない有様となる。そしてそのたび須勢理姫の機転にも助けられると、くぐり抜けた大物主は全てを悟った。
ダメだ。こんな気狂い家族をまともに相手していては、いくら命があっても足りない、と。
さすれば後が決まるのは早かった。ついに須勢理姫と手に手を取って、素戔嗚の財産の一部もちょろまかすと、史実初の駆け落ちを試みたのである。
さあ、ようやくここからが本題だ。
逃げた二人に気づいた素戔嗚は、落ち合った兄ら七人と共に大物主を追いかけた。だが手に手を取った麗しき二人の後ろ姿に、われは鬼かと気づいたらしい。涙ながらに娘の幸せを祈ると、兄らをたしなめ、逃げる大物主へこう言い放ったのである。
「くそぉ、こわっぱ。お前には今日から大国主命の名をやる。出雲を拠点に国津神として数多神を束ね、芦原中津国を治めてスセリに相応しい男になれぇっ」
結構、感動のシーンだったに違いない。須勢理姫も「おとうさん、ありがとう。わたし、シアワセになりまーす」くらいは言っただろうと推察される。まあ、これだけの修羅場をくぐり抜けたのだから資質は十分にあった。経て本腰を入れ始められたのが今、ここに続く芦原中津国の統治であり、大八島における国造りであった。
いざ、大国主は奮起する。
新婚ほやほや、気持ちだけは十分だ。
だが実際のところ相手が大きすぎた。何しろ芦原の野には素戔嗚が束ねて治めろと言ったとおり、気付けば伊邪那美神の産んだ国津神やらその子孫がやたらめったら増えており、人も死んで地に鎮まると、ご先祖様になったりならなかったり。無秩序たるや、えげつないことこのうえなかったのである。それらが勝手に呪ったかと思えば奇跡を呼び、邪、縦シマ、入り乱れたならスラムそのもの。芦原の野は今やワケのわからぬ無法地帯となっていたのだった。
これはどこから手を付けるべきか。
困り果てて大国主命は三保の浜を歩く。
と、それは沖からトプトプ現れた。
芋の船だ。
恐らく芋は、金時芋。
中には似合う茶目っ気たっぷりの少彦名命が乗っていた。
この神、芋の船にのれるほど小さく、きっとグッズを作れば女、子供に売れまくる、二頭身がアニメキャラさながらのキャッチーな神だった。しかしながら知恵の神であり、別天津神、高御産巣日神の子という神界のサラブレッドで、小さすぎてうっかり指の間から滑って落としたと後に高御産巣日神は説明しているが、まあ、そうした生い立ちを持ちながらもよくグレなかったと思うほど性格もいい、まさに神がかった神の中の神だったのである。
おかげで大国主とも意気投合。
互いはやがて国造りを押し進める仲間となった。