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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  54

 やがて村の前に建てられた櫓は見え始め、おっつけワラ屋根が昨日と同じに並びだす。帰って来たぞ。見張り番の声に合わせて半鐘は鳴らされると、雲太らはその下を風のように駆け抜けた。引いた手綱で走り詰めだった馬の足を止めたなら、寝ずに戦へ備えていたのだろう、鎧代わりと板切れを前後ろにあてがった者らが、一晩かけて削り出した槍を携え雲太らの周りへ集まってくる。その中にミサクもまた混じっておったなら、しょんぼり帰ってきたヤマツを見つけて馬上の雲太へ顔を上げた。

 ままに切り出されては話が長引きそうでならない。だからして雲太は馬を飛び降り、ヤマツが水源の社へ向かったわけを、そこで荒魂となった水の神がヤマツをそそのかし川へ毒を放っていたことを、話して聞かせる。兎もまた懐から取り出すと、今では祓い鎮められ和魂となったこともしかと説いて聞かせた。

「川の神が毒を……」

 思いにもよらぬなりゆきにミサクの目は丸くなったままだ。食い入るように聞いていた村の者らもあっけに取られている。

 ただなかで雲太はひとつ、ミサクへとアゴを引いた。

「親方、野原は、いや、この地はいまだこのように明るく広がっておるが、明かせばわしらの知らぬところで大きな祟りにみまわれようとしておる。わしらはそれを知らせんがため、国造りを推し進めておられる御仁へ会いにゆく途中であった。この一件、その祟りのひとつで間違いなしと思われる。村も里もヤマツも、その祟りにのまれこのような憂き目にあっておったのだ」

「親方、すまなんだぁ。おいらが、おいらがしゃんとしておらんかったせいじゃぁ。諦めて村へ戻ればよかったんじゃぁ」

 間へヤマツが転がり込んでくる。地面へ額をこすりつけると、馬上の続きとおいおい泣いた。そんな姿を前にしたなら、村の者らもいからせていた肩を次第に落としてゆく。

「親方様は一度、この話を預かりたいと申されました。違わずこの件、お預けいたします。どうぞ、わたしたちにご指示を。時が迫っております」

 なだめてマニワがヤマツを抱え起こし、預けた京三が身を乗り出した。そのまっすぐな眼にミサクはうむ、と唸り、聞きとげんと村の者らが、おいおい泣いていたヤマツが、息をのむ。

「まず、わしらに代わり真を見定め戻られたことへ、心より礼を申したい」

 前でまず、ミサクは雲太らへ頭を下げた。

「祟りであったとは。ヤマツのしでかしたことでないと分かり、命拾いした心持ちじゃ」

 そうじゃ、そうじゃ、周りでももうなずく姿も連なる。

「このことは取り急ぎ里へ伝えることとする。これでわらしべも助かるはずじゃ。しかし、そそのかされたとはいえ、ヤマツがかかわっておったことは間違いのない話」

 言い切る姿に迷いはなかった。

「それもこれもを里へ話すことが、まことというものじゃろう」

 とたん、おお、と辺りはどよめき、抑えてミサクは声を張る。

「わしも里へ向かう。誰か馬をここへもてっ!」

 それは危ない、と止めて村の者らはひとたび騒いだ。

「何を言うか。何から何まで、このお二方の世話になるつもりか。村としてけじめをつけるが筋じゃろう。わしが行かんで、こたびをどうするっ!」

 そうして手ぶらでは行けんから、とミサクは菜と穀と染め物をみつくろうよう村の者へ言いつけた。その目をヤマツへと裏返す。

「わかっておろうな。お前も行くんじゃぞ」

 たじろぐヤマツが後じさっていた。堪えてうぐ、と歯を食いしばったなら、引いたアゴで涙交じりにひとつ、ミサクへうなずき返す。

「そらそら、何をぼうっとしておるっ! 早う、早う、用意じゃっ!」

 すかさず激を飛ばすミサクに、それはそれでえらいことになった。村の者らは着ていた鎧もどきを脱ぎ捨てると、あっという間に散り散りとなっていった。

 雲太らは、そんな村で一晩、休み元気を取り戻した武士の馬に乗り換える。

 菜と穀に布を用意するにはまだ少しばかり時間がかかりそうだ。だからしてミサクはヤマツを連れて先に行け、と雲太らを促した。そこにマニワをお供とつけてもいる。

 もちろん雲太らに待ち、断れるだけの余裕はもうない。かたじけない、と目配せすると、またがる馬の鼻先を村の外へと向けなおした。

 村から飛び出せば日はもう、真上からこの成り行きを見守っている。

 留まることなく傾くと、あっという間に川を赤く染め上げていった。晒され馬も赤く焼け、地を滑る影は長く伸びて時がないことを雲太らへ告げる。知ってか馬もあえぎ走るが、忍び寄る闇の早さにはかないそうもない。

「雲太っ。日がもうっ!」

 日の尻が野原の彼方に触れて滲む。

 目にした京三が声を上げていた。

 分かっている。

 雲太は答える間さえ惜しんでただ息を弾ませ馬を駆った。睨みつけた野原の先にかたまり浮かぶ影をとらえたとたん、細めていた目を大きく見開く。

 里の者らだ。武士もいるらしい。

 そんな人垣からいくらか離れたところに和二はいた。

 否や、馬に合わせて吐き出す息へ力を込める。

「待たれぇいッ」

 放つがまだ届かない。

 二度三度、繰り返した。

 やがて雲太の声ではなく、駆け来る馬のヒヅメに気づいた人垣が揺れた。その手に見えるのは、今まさに投げんと握られたつぶてや棒切れで、見つけた雲太はひとたび口を、む、と結ぶ。

 日は、めがけて走る馬の背より低いところで揺らめいていた。嫌って蹴りつける馬の最後のひと足で、ついに人垣へと踊りこむ。

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