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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  52

炎も、ぼう、と雲太の手から、そのとき迎え撃つと現われ出でる。矢となり離れて、パン、と宙へ飛び出した。

 勢いに、わぁっ、と弾かれ雲太に京三の体は宙を舞い、飛び出した火の矢は二人の頭上で、きゅるり、火球と丸まる。迫りくる流れを堰き止め、真っ向ぶつかり合った。火の粉か、はたまた水のしぶきか。きらめくものが辺りへ飛び散る。果たしてそれが火だとしても、社へ燃え移る間もなく水が消し、飛沫だったところで瞬く間に火が湯気へと変えた。まさに力比べだ。ぶつかり合った炎と水は、そうして互いの境界をグツグツ煮立たせる。

 やがて火球の表に、伊邪那美神(イザナミ)を焼いたあの軻遇突智命(カグツチノミコト)の顔は浮き上がっていた。炎の(マナコ)で、ぎょろり流れを睨みつけると、火球の中から生やした腕でむんず、と掴む。小脇へひょい、と抱え込んでみせた。それ以上、水は前へ流れ出ない。まるで捕えられた魚のようだ。軻遇突智命の脇でひたすら、じゃばじゃば、跳ね踊った。離さぬ軻遇突智命が流れへ身を沿わせていったなら、双方からもうもう、湯気は立ち昇り、焼けるような音をじゅうじゅう、こだまさせる。

 と、軻遇突智命の瞳が社の外をとらえた。

 見てとった雲太は悟る。

「京三、出るぞッ」

「まっ、待ってくださいっ」

 表へ向かい駆け出せば、背で熱い炎のはためきもまたぼぼぼ、とこだました。背負い、布を跳ねのけ身を踊らせる。そんな雲太らをかすめて軻遇突智命も流れを抱えて二ひねり、社から飛び出してゆく。勢いのまま寄り合うお岩の天辺まで舞い上がると、そこでなお激しく身を燃し流れをグラグラ煮立たせた。

 見る間に流れが干上がってゆく。見上げる二人へぽたぽた、湯気を滴らせた。

 払いのけたそのときだ。京三の目に姿は映る。

「雲太、ヤマツがっ」

 追いかけ出てきたヤマツは赤い布の前に立っていた。煮立つ流れを見上げると、せいっ、と両手を振り上げる。合わせて飛び上がったのは揺れ動いていた数多彫り物だ。ひとつ残らず宙へ舞い上がり、パンパン砕けて、ひと粒ひと粒を水飛沫へ変えた。変えて次々、流れ食らいついてゆく。

「ああっ!」

「おおッ」

 切れかけていた流れの尾が見る間に伸びて勢いを取り戻していった。のみならずヤマツも空へ口を開く。

「その水ッ、待ったぁッ」

 お岩よりしたたる滴を飛び散らせ、雲太は駆け出していた。

「雲太っ」

 向かって京三も剣を投げる。受け取り社の床へひょう、と飛び上がった雲太は、断るが早いか腰を落とした。

「御免ッ」

 ごぼごぼ、と喉から泡吹かせていたヤマツの首根っこめがけ柄頭を振り下ろす。

 ジャン、と鈴が鳴っていた。

 むう、だか、ふえ、だかヤマツから声はもれ、それきり崩れ落ちてゆく。出し損ねた水の代わりか、そんなヤマツの口からは、一匹の鯉がぬるり、吐き出されていた。鯉はそれきり尾をしならせると、降り注ぐ滴を弾いてずんずん高みへ昇ってゆく。ぱしゃり、軻遇突智命の締め上げる流れの中へ飛び込んだ。すると間もなく、ざばざばうねっていた流れへウロコ模様は浮き上がってゆく。あれよあれよと言う間に軻遇突智命の腕の中、流れは巨大な鯉へ姿を変えていった。現れた鯉は大きな尾びれを振って暴れ、ひげを生やした口でふかふか、息を繰り返す。合わせて出入りしたものはと言えば、これが景色だった。だからしてまたもや景色は雲太らの前で揺れると、あの風は鯉の口からごうごう、吹きつけられる。

 もう松明など消えるどころではない。社より流れていた小川も剥がれて霧と散る。

「むおぉッ」

「わぁっ」

 雲太に京三も、すでに一度、吹き飛ばされていたマニワに倒れていたヤマツさえもだ。両の手足を絡めてお岩の隙間からぴゅう、と山へ放り出された。それきり山を転げて木立に引っかかったのは不幸中の幸いか。だがその身を起こすまでもなく地響きは、お岩の方から聞こえてくる。

 はっと誰もが顔を上げていた。木立の向こうでぼうっ、と空は光っている。光こそお岩から放たれたもので、お岩はこれでもかと揺れて何事かと見定める雲太らの前、寄り合う天辺より炎を、明々照らし出されて水をきらきらと、吹き上げた。吹き上がった双方は互いの周りを巡り合うと、より高く、より早く、競い空を駆け上がってゆく。

 やがて水柱の先に鯉の顔は現れていた。

 相対して火柱から腕は生える。

 生えた腕は鯉の大口をめらめら掴むと、中へ拳をねじ込んだ。否やぱっ、と開かれたのは五本の指で、指先からごう、と五本の炎を吹き出す。炎は水柱の中を地、目がけ、駆け下りていった。

 通した水柱が、夜空に眩いばかりと光り輝く。たちどころに泡をふかせて煮えたぎり、沸き立つ勢いのままだった。跡形もなく砕けて散った。

 飛沫が山を覆い尽くす。

 鈍い音が、どうんと果てまで響き渡った。

 だがひと粒も空から飛沫は降ってこない。

 消え入るまでいくばくか。全ては湯気と消えていた。

 軻遇突智命もそれきりだ。火の玉へ戻るとお岩の中へ帰ってゆく。

 気づけばあれほど明るかった空は、縮んだように暗くなっていた。

 ぶるぶるぶる、頭を振って雲太と京三はどうにか我を取り戻す。さらに下へと転げ落ちていたマニワも雲太らのところまで這い上がってきたなら、互いは互いの無事を確かめ合った。

 と、その時だ。再びお岩の隙間にぽうっ、と光は灯る。おや、と目を凝らしたとたん、誰もはたちまちわあわあ、騒いで逃げ惑った。仕方ない。奥から猛烈な勢いで転がり出してきたのは火の玉だ。慌てる雲太らの前でピタリ止まると軻遇突智命は、ぱん、と広げた四肢で姿を現していた。

「鯉の胃の腑に祟りは宿りし! 清めたる川は永劫の流れとならん!」

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