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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  50

 その道らしからぬ道には踏めば隠れるほどの石が点々と置かれており、辿ってください、と教えるマニワについて、どこにお岩が、流れ出る水源が、と木々の間をひたすら登った。

「もうそこです。お岩が見えてまいりました」

 告げる声に顔を上げる。果たして神が天から突き刺したのか、それとも地から生えて伸び上がったのか。月の光を浴びた岩は二枚、ごつごつした様子を葉陰からのぞかせると、より合わせた天辺を高く茂みの上へ突き出していた。

「これはなんとも、凄まじい……」

「水源の社は、お岩の間のあの隙間から入っていくらか奥に。用心してください。ヤマツを連れ戻しに行った者はこの辺りで酷い目にあっておりまして……」

 教えるマニワに雲太と京三は慌てて火を振り回す。

 前に後ろに用心しながら、寄り合うお岩の足元へ辿り着いていた。水は間違いなくその隙間から流れ出しており、火を近づければ小川となってお岩を回り込むと、傍らの切り立った山肌から滝となってぱしゃぱしゃ、落ちている。

 飲むことさえ年に一度の尊い水だ。マニワは決して川の水だけは踏むことがないように、と念を押し、少し屈めた身でお岩の隙間へともぐりこんでいった。

 当然のことながら中は真っ暗だ。

 雲太らも続けば耳に水音だけがひたひた響く。

 やがてひとつ、いや、ふたつ。行く手に明かりは浮かび上がった。お社の前に置かれた松明だ。

「やはりヤマツが、悪さをしおったかぁ……」

 村の者が灯しに来れるはずもないなら、絞り出すマニワに続いて雲太も目を細める。

「ここが」

「へえ、そうでございます」

 松明の向こうには、行き止まりの岩肌へ半分、埋もれるように床も高く社が作りつけられていた。川の水はそんな社の床下から細く流れ出すと、雲太らの足元を横切り外へ向かっている。避けてなおも歩み寄れば、社の中にも灯る明かりは見えていた。張られたしめ縄の下、覆い隠して垂らされた布が、中からの明かりにマソホの赤をより赤く浮き上がらせている。

 と悲鳴はマニワから上がっていた。転げてどすん、尻もちもまたつく。

「どうしたッ……」

 雲太が見やればマニワの指は、あわわ、と震えて、明かりが届かぬ暗がりを指した。そこへひと思いと、雲太は薪の火を突きつける。とたん闇は剥がれてそこに、見つめる目玉を無数とのぞかせた。近さにも数にも驚いて、さすがの雲太も声を上げる。咄嗟に火を振り、追い払えば、散った火の粉が長い耳を、小さな鼻を、さらに無数と浮かび上がらせていった。兎だ。大群を成すと兎は隙なく並んで雲太をじいっ、と見ている。

「雲太、祈請をっ」

 たちまち京三が促した。

 だが何か、どこかが妙でならない。証拠にどれほど雲太が火を振り回して暴れようと、兎は襲いかかるどころか逃げ出そうとさえしなかった。

「いや……」

 気づき雲太は京三を制する。振っていた火を手元へ引き戻すと、引けていた腰で改め兎の群れへ歩み寄っていった。

 動かぬはずだと気づかされる。兎の大群は生きているのかと見間違えるほど、巧みに彫られた石像だった。

「い、石?」

 拍子抜けしてマニワはこぼし、京三も握りしめていた剣を顔の前から下ろしてゆく。

「お社の守り神……、なのですか?」

「いいえ、でしたら驚きません。こんなものは以前、ありもしませんでしたのに」

 いぶかしげと答えてマニワは振り返り、またもや京三の背にぼんやり浮かび上がるものへ、ひゃぁっ、と声を上げて手足をばたつかせた。様子に身をひるがえし京三も火を突き付ける。声はここでも、あ、ともれていた。

「雲太、こちらにもたくさんっ……」

 カエルや馬や阿吽の獅子やら、浮かび上がったのはこちらもやはり石の彫り物ばかりだ。などとよくよく目を凝らせば社へ続く道だけを残して、辺りにはびっしり彫り物が並べ置かれていた。あまりの数とその見事な仕上がりに、雲太らはしばしあっけに取られて立ち尽くす。

 目を覚まさせると、そんな雲太らの頬をなでて風は、ふわ、と奥から吹いてきた。生暖かさにも優しさにも、とたんはっ、と誰もが顔を上げる。

「お社の中からか?」

「ま、まさか。奥は、お岩の突き当りで、か、風なんぞ……」

「ヤマツとやらのせいでは」

 などと京三が社へ足を踏み変えようとした時だ。

 引き止めそのとき気配は過る。

 足元からだ。

 まったくもって腑に落ちず、なぞり京三は目を落とした。あまた並べ置かれた彫り物は、そこでいつからか小刻みと揺れている。最初はカタカタと控えめに。やがて足踏みでもしているかのようにガタゴトと。動きは次第に取り囲むすべての彫り物へ伝わって、やがてドンドン、地を踏みならして跳ね踊ると暴れ出した。

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