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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  48

 マソホの村は元来、染め物を生業とする者らの集まりだという。それが村となり、今では市で染め物を売ると暮らしを立てているということだった。

 色は、あの広い野原のひとところ、夏になると決まって咲く紅の花を絞って採ったものだという。大甕に花の汁を満たすと、冬のうちに織り上げた麻布を浸して染めるらしい。そのさい積み上げられていた灰も共に漬け込めば染まった色は抜けにくくなるようで、川で余分な灰と色を洗い落とせば、やがて美しい染め物は出来上がるのだということだったった。

 親方と呼ばれた年寄り、名前をミサクという、の話を聞きながら雲太と京三は染めが出来るまでをなぞって歩く。中でも漬け終えた布が川で洗われる様は摩訶不思議で、その色の変わりようといえば娘御が言うとおり、川の神のお力添えがあってこそとしか思えぬほど鮮やかなものだった。

 だからしてマソホの村の者はとりわけ川を大事にするのだとミサクは言う。ゆえに水源には社が建てられ、村の守り神として(アガ)められているとのことだった。そんな村に川へ毒を放つような罰当たりこそいるはずがない。むしろ川を(ケガ)す者こそ村は許さぬ。というのがミサクの返事であった。

 そもそもマソホの者らは川と良い色の花を求め、数年前にここへ落ち着くことを決めたらしい。下の里と争うことになったのは越して幾らも経たぬうちのことで、それまで下に里があることは知らなかったという。ゆえに染め物を洗って流した赤い水が里の者を驚かせてしまったことは、まこと申し訳ない話であった、とミサクは言った。しかしながら色の素は花の汁と少しばかりの灰だからして、食らって命を落とすようなことなどありえない、とも語ってみせる。

 もちろん同じ話は里の者らへも説いたらしい。だが怒り狂って村まで押しかけた里の者らが信じることはなく、村の中を、ひいては水源を改めさせよ、とそら恐ろしい顔で詰め寄ったということだった。様子は目に浮かぶようで、なるほどそんな者らこそおっかなくて村や社へ通すわけにはゆかんだろう。雲太は唸る。

 くわえてミサクは、川を貴ぶマソホの村の者は川の水を飲む習わしがない、とも教えた。口にするのは次の年の花の鮮やかさを願う秋のソホ祭りのみで、水が人の命を奪うなどと気づくことはできず、何もかもが手遅れになったのだと肩を落としもする。

 しかしながら布を染めて働く村の者らは楽しげだ。見て回った雲太らは最後に、紅色に染まった布が幾本も鮮やかな筋を描いてぱん、と干された場所へ辿り着いていた。少し離れたところにはすでに一仕事終えた村の者らが腰を下ろすと、他愛もない話に花を咲かせている。見慣れぬ格好の雲太らへちらりちらり、と目を向けはするが、ミサクと話す様子からそれ以上、何も起きはしなかった。

 だからして雲太も勧められるままその傍らで一息入れさせてもらうことにする。敷かれたムシロへ腰を落としあぐらをかいた。

「ならば毒を放ったのは、里の者でも村の者でもない誰かとなる。どうであろう。わしらはここへ着いたばかり。親方にそのようなことをしでかす者の心当たりはないか」

 たずねるが、心当たりがあるならミサクらこそ捕えているだろう。だからして雲太はこうも続けて言うことにする。

「なければやはり水源へ足を運びたいのだが」

 と、それまで朗らかに話していた村の者らがぴたり、口を閉ざして振り返った。

「何も水源を荒らそうなどとは思っておらん。敬うは当然のこと。ただそこも清らかであることをこの目で確かめたなら、わしらの口で下の者らへ語ることができる。村の者でもなく、兄弟を預けたわしらが言うのだ。里の者ももう疑いはしまい。いよいよ見知らぬ誰かのしでかした悪さとなれば、村も同じく悔しい思いをしておるのだと分かるだろう。つぶてを投げる気も失せるのではないかとわしは考える。そのために水源へ向かうことを親方よりお許しいただきたい」

 京三も強くうなずき返しミサクの目をのぞき込んだ。だが黙り込んだままのミサクはただ、赤い手を袂の中へともぐり込ませてゆく。じれったさに雲太が語気を荒立てていた。

「どうなのだ、親方ッ。わしらにはわらしべの身がかかっておるのだッ」

「心当たりも、水源へも」

 と、声は聞こえくる。

「どちらもならん……」

「どういうことだ」

 いぶかる雲太の眉間は詰まった。

「どちらとも、とは水源どころか心当たりも明かせぬ、そう親方は言っておられるのか」

 なら足早に近づいてきた村の者が、親方それは、とミサクの耳元へ囁きかける。消え入った続きがなんであるのかなどもう疑いようがない。見定め京三も詰め寄った。

「明かせぬとは、親方様は毒を放った者もまた、ご存じなのですね。どうぞわらしべのためにお教え下さい。それは一体、誰なのですかっ」

 だが当のミサクは目を合わせようとしない。

「さて、ようようこれで村の様子は分かったことじゃろう。村と毒に関わりはありはせん。それは別の者の仕業。そう里へ伝えて早うわらしべを自由にしてやるよう言いなされ」

 立ち上がろうとさえしてみせた。

 ごん、とそのとき鈍い音は地を揺らす。

 叩きつけられた雲太の拳はムシロに突き立っていた。

「村の言い分だけを持ち帰っては里が納得せぬッ。わしは和二に安心して待てと言った。子を、つぶての的にするつもりなどないッ」

 たちまち村の者はひゃっ、とおののきすっ転び、雲太はそんな村の者へも振り返る。

「何を隠しておるッ。怪しいやからを知っておきながら、なぜ戦になるほどの悪事をしでかした者をこの村は放っておくッ。やはり里の者が疑うように、毒を放ったのはこの村かッ」

 そこではた、と顔をしかめたのは京三だった。過る思いに瞳を揺らす。

「……まさか、毒を放った者を皆でかばっておられるのでは」

「ヤ、ヤマツはもう、村の者ではありゃせん!」

 上がった声は唐突で、雲太と京三は目を流していた。そこで隣の者にぺしり、頭を叩かれている者はいる。

「ヤマツ、ヤマツとやらがやったのですね」

 ミサクをのぞき込む京三の口ぶりは早い。

「そのヤマツをかばってのことかッ」

 雲太も迫ればミサクの顔はいっそう渋くなり、ついに違う、と癇癪を起していた。唸って静かにまぶたを閉じる。

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