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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  46

「そなたが知らぬと言うのであれば、教えてやろう。こたびがいかほどであろうと、かつて赤い川の水を食らった者はみな命を落とした。水は田畑へも注がれておったせいで菜も穀も枯れ、この世の終わりと地もまた荒れた。恐れて我らは川と縁を切り、因果を明かすため川上へ向かった。そこでマソホの村に至り、水源を改めさせるよう申し出たがマソホは立ち入らせず。毒は流しておらん、とだけ言う」

 と、モトバの目に力はこめられる。

「隠すわけなど、たかが知れたもの」

 じゃり、と踏みしめられた砂が鳴っていた。

「まことを見極めんがため戦は始まった。しかししょせん田畑も水も乏しい我らの負け戦。なにひとつ確かめることができぬままと終わった。戦で果てた者を思えば、これまた忘れられぬこと。我らが言うておるのはそのことだ。覚えがあろうと、この者らは問うておる」

「そうじゃっ。モトバ様は川に代わる水脈を探し当てて下さった方じゃ。おかげでわしらはようようここまでこぎつけたが、それもこれもマソホのせいにほかならん。マソホだけは、なにがなんでも許せんのじゃっ!」

 人垣から声は発せられ、聞きながらモトバは雲太の前から立ち上がってゆく。

「こやつらがしらばっくれるのなら、のうっ! 武士もついとる。みなでもう一度、マソホへ乗り込むぞっ!」

 また別の声はひとところから上がって周りを誘い、応じて奮い立つ人垣へモトバは直垂をひるがえしていた。

「ならぬっ。忘れたか。毒も戦も同じことっ」

「ならばまた引き下がるとでもおっしゃられるのかっ」

「そいつらは嘘つきじゃ。マソホへ突きつけたなら今度こそはっきりするっ」 

 モトバ様、と呼んで許しを請う声が重なる。

 浴びてモトバはきつく眉間を詰めていった。それきりまぶたを閉じて身じろぎしなくなる。

「そら、きさま、マソホの者であろうが。早う白状せい」

 馬上から武士が、そそのかして雲太の肩を蹴りつけた。つんのめって雲太は武士へ振り返り、そのときモトバはまぶたを開く。

「連れてマソホへ向かえども、認めぬなら通らぬ話にまた戦。言い分を信じて無罪放免こそ、ここにおる者が許さぬ話。致し方ない」

 瞳を流すと雲太らをとらえる。

「こたびはつぶての的と、晒してみなの気持ちを静めるか……」

 聞えて京三は顔色を青くし、あわわ、とおののき和二も足をばたつかせた。だが無念、とあきらめてしまえぬ命が雲太らにはある。むむむ、と唸り、やがて雲太はこう絞り出していた。

「ならばわしらが……」

 その顔をがば、と持ち上げる。

「みなの探すまことを里へ持ち帰り、この身にかけられた濡れ衣を見事晴らしてごらんにいれようッ。その時は無罪放免。わしらを野へ放つと約束するかッ」

 言葉に人垣がざわめいた。モトバも眉を据えなおしている。

「……確かに。であれば、そのほうらがつぶてを受ける理由はない」

 ニンマリ、と雲太は唇の端を伸ばしていった。

「ようし決まったッ。ただちに参る。三人の縛を解けッ」

 隣で和二と京三もうなずき合う。乗じて縄を解け、と両の肩を張った。だが、逃げるつもりだぞ、と人垣から声は上がり、静まれ、とここでもモトバは制してみせる。

「言うとおり。口約束と逃げられては話にならぬ。解くは二人まで。その二人がまこと毒を放った者を連れて戻れば、この者らは無罪放免。戻らぬ時は毒を放ち逃げたと承知して、ここに留まる者をつぶての的と野に晒す。みなで好きなだけ投げるがよい。時刻はあさっての夕暮れまで」

 思いがけぬ取り決めに、雲太らの口はあんぐり開いていた。

「よいな。それ以上は待てぬと心得よ」

 振り返ったモトバにごくり、息をのむとうなずき返す。


 一晩明ければやぶ蚊に咬まれた雲太の顔も、ずいぶんましになっていた。だが今度は和二の顔が真っ赤と腫れ上がる番となる。

 仕方ない。まこと毒を放った者を探して表へ出るにあたり、縄を解くことにしたのは雲太と京三の二人だった。留まる者は人質であり、縄で縛られた子供を置いてゆくのは雲太に京三も気が引けたが、よもやの時を考えたならば鈴と社は対がよく、雲太と和二のどちらが行くかと相談した夜は察して和二も、おいらが残る、と言っている。

 しかしながら日が昇り、成り行きをこの目でしかと見ておかんとする里の者らと門まで来たなら、和二の頑張りもそこまでとなっていた。たちまち、うぉう、うぉう、力の限りに泣いてむずかり、いやだ、いやだ、おいらも一緒に行く、とすがって首を振りに振る。

「しっかりなさい、和二。大丈夫です。兄らは必ず毒を放った者を連れ、あさっての日暮れまでには戻ります。和二をつぶての的にするようなことは致しません」

 だからして縛られた和二の前へヒザを折ると京三は、先ほどからこうしてずっと言い聞かせてもいた。

「よいですか、それまで和二も辛いでしょうが兄らを信じ、気を強く待っておるのです。そら、男子(オノコ)であればなおのこと、みなの前でみっともない」

 つまんだ袂を和二の頬へあてがいうとちょん、ちょん、と涙を拭ってやる。

 川をさかのぼったところにあるというマソホの村は、人の足で行けば日が暮れてしまうらしい。ゆえに雲太らは武士らから栗毛の馬を二頭、借り受けると、雲太はやり取りをその背から眺めていた。

「ほ、本当に、帰って、ぐ、来るか?」

 睨むような目を向ける和二はむしろ嘘だ、といわんばかりだ。

「帰ります」

 きっぱり答えて京三がいつも通りと微笑んでみせた。様子に和二もぐっ、と唇を結んで返す。

「わ、わかった」

 なら頃合いだろう。雲太は先を急がせ京三の名を呼んだ。引いた手綱で馬の鼻先を川上へ向けなおす。

「和二ッ、食うて眠ればあさってなどあっという間だッ。縄が解けた時はわしが一番のたかい、たかいをしてやるぞッ。心待ちにしておれッ」

 駆け寄った京三が馬へ身を持ち上げている。

 見て取り雲太も大きく体を弾ませた。

「しからば御免ッ」

 蹴り上げられた腹に、首を縮めて馬は嘶き、大きく蹴上がったかと思うと野原を目指し駆け出す。追いかけ、はっ、と声を張り、京三も手綱を馬へ叩きつけた。心細さにいやだ、いやだ、と泣きじゃくる和二の声を背に、二人は颯爽、風となる。

 昇りはじめたばかりの日は、そんな雲太らを左より暖めた。昨日、川へ流れ込んだ赤い水はそれきりのようで、川もきらきら光っている。

 昼になれば眠たげとうねり、走り詰めた馬の首に、背中に、汗は吹いた。いくら急くとは言え、ここらでひとつ休まねばなるまい。雲太は考え、馬に飲ませる川の水もまだ清いならと川を見やってたちまち、や、と胸の内で声を上げる。赤い水だ。いつからか流れに細く混じっていた。

「雲太、川がっ」

 気づき京三も声を上げる。二人してなぜゆえ、とすぐさま果てへ目をやれば、昨日のごとく赤く横たわった川の先に、かすかと住まいは浮かび上がっていた。

「村ですっ 雲太、村が見えてきましたっ」

 言う京三にあれがマソホの村か、と雲太は目を細める。帰りもあるだけに馬を潰してしまうわけにはゆかなかったが、もう着いたも同然だ。これが最後と、馬の腹を蹴りつけた。

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