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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  45

 しこうして、ずぶ濡れのまま体を縛り上げられる。違わず和二と京三もその後ろに並ぶと、三人は馬に繋がれ川を下へと歩かされた。

 しかしあの大立ち回りでずいぶん川の水を飲んでしまったが、いまだ雲太に毒は回ってこない。その事を申し出ようにも口を開けばたちまち繋がれた縄を引かれて遮られるのだから、話すことはできなかった。

 うちにも日暮れは近づき、それはようやく雲太らの目に入ることとなる。赤を流し去って色を戻した川のほとりに、ほどなく里はあらわれていた。

 夕げの支度をしているのだろう。真新しいワラが葺かれた住まいから、煙が細く立ち昇っている。周囲に田畑はうかがえ、鶏か、横切りちょこまか走る姿もまたあった。おっつけ、わぁっ、と追いかけて駆けてゆく子供らは元気そのもので、眺める雲太の鼻先をやがて燃された薪の匂いは風に混じるとかすめてゆく。様子はまこと和やかであったがどういうわけか、里は辺りを柵で囲うと槍を手にした門を立て雲太らを迎えていた。

 傍らを武士らは雲太らもろとも通り抜ける。

 様子にいち早く気付いたのは駆けていた子供らだ。川番が戻ったぞ、と叫んで大人たちに知らせていた。なら住まいの影から、田畑のうねから、聞きつけそろそろ大人たちは姿を現す。とたん子供らを胸にかばうと険しい面持ちで、雲太らが過ぎて行くのを送った。

 さらされながら雲太らはしばし住まいの間を練り歩く。里の中ほどか、開けた場所にたどり着いていた。その頃にはもう道行きに気づき集まった人垣が一重、二重とできあがっており、眉をひそめて何事かを囁き合っていた。

 前に置いて堂々、武士は馬の足を止める。そんな人垣へと、あの雷のような声を放ってみせた。

「こやつらが(クダン)の毒を放っておった者である! ひとりは見ての通りの醜い鬼! さてわしらは約束を果たした。そちらも約束を果たされたい。モトバ様はどちらにおられるか!」

 などとこれほどの人前で黙って嘘を聞いてはおれない。

「それこそ武士らの間違いッ」

 咄嗟と雲太は口を開く。

 だが問答無用とそれは投げつけられていた。つぶてはぽすん、と胸へ当たる。驚き雲太が顔を向ければ、そこで子供は仁王立ちと雲太を睨みつけていた。睨んで、兄ちゃんの仇、と雲太へ吠える。響きはぶつけられたつぶてより重く、むしろそんな子供の眼差しに雲太はあった勢いを削がれてしまっていた。するとひとつ、ふたつと、やがては人殺し、の声と共に雨あられと、つぶては雲太らへ飛ばされる。

「ま、待てッ」

 避けようとしても体は結わえつけられているのだから、どうにもならない。

「こ、このような仕打ちを受ける覚えなど、ありませんっ」

「おいらは、水を汲んでいただけだぞぉっ」

 ことごとく食らって京三に和二も声を上げるが止まず、むしろ数を増してつぶては馬さえ怯えさせる。後じさる馬に引かれて雲太はすっころび、なおのこと、やあ、やあ、と人垣は勢いづいた。

「しかしながら身なりはマソホの者にあらずっ」

 制して鋭い声は飛ぶ。

 振り返った人垣から、モトバ様、と呼ぶ声は上がっていた。そぞろに割けて道を開けたなら、果てに一人の男は姿を現わす。

「この方ら、まこと川上から来た者か?」

 武士へ男は問いかけた。その面持ちは声と違わない。眉は炭で一本、キリリと引いたようで、細いが勢いのある鼻筋も潔い。さしづめ神事を司る者か。珍しくも直垂(ヒタタレ)をまとったモトバは雲太らの方へ歩み寄っていった。

(カミ)の者かどうかなど問題ではない。こやつ、鬼だぞ。共にこの二人も川へ怪しげな筒を浸しておるのを、わしはこの目でしかと見たのだ」

 おかげでつぶての雨は止み、雲太らは、いたたた、と呻いて縮めていた身を伸ばしてゆく。

「川を赤く染めておるのがマソホ村であることは、マソホも認めておる話。だがそれが毒であるとは承知せず。ゆえに毒を放った者を捕え、マソホへ突きつけるため川番としてそなたらを雇った。何もつぶてを投げる相手を探してのことではないぞ」

 モトバの口ぶりは厳しく、黙り込んでしまった武士こそ馬よりも馬らしく鼻から大きな息を吐き出していた。

 すなわち名乗り聞かせるなら、その時が今だ。雲太はすっ転んでいた足を高く振り上げる。丸めた身でくるん、と起き上がるとあぐらをかいた。

「いかにもッ。わしらは遥かオノコロ島より出雲のとある御仁へ会いに、あいだ魂を詣でるべく参った者であるッ。ゆえに川へ立ち寄ったのもこたびが初めてのこと。毒を放つなど、ましてやマソホ村の者であるなど、濡れ衣も甚だしい武士らの取り違え。斬りかかられたゆえ大人しく(バク)につきここまで足を運んだが、恨みは全て身に覚えのないものばかりときた。すぐにもこの縄を解くが礼儀と思われたしッ」

 ありったけの声を張ると、ぐいと突き付けた顔を見せてまわる。

「それにわしは鬼ではない。そらよく見ろ、人だ。やぶ蚊に咬まれてこうなった」

 だがすぐさま、何をいいおる、と声は飛んでいた。

「どちらでもかまわんわ。武士の言うとおりじゃ。川へ寄りつくやからはみな怪しいわ」

「逃げるための嘘になんぞ、誰がだまされるかっ」

「ならば、うかがうッ」

 押し返せば雲太の目にも力はこもる。

「そもそも赤い印が毒だと言うが、それはまことかッ。わしはいくらか食らったが、この通りぴんぴんしておるぞッ。嘘言いがかりはそちらの方だッ」

 言い訳できぬ人垣は黙り込んでいた。やがてそれは鬼だからだ、と堰を切って声は上がる。返して、違う、と雲太が放った時だった。前へモトバは屈みこむ。巻きこんだ直垂の袂をヒザから払う仕草は変わらず落ち着いており、ままにこう雲太へ話し始めていた。

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