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来 神 ’  作者: N.river
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赤い川 の巻  41

 ふぅ、とひと息。天照は高天原で掲げていた手を下ろしていった。

 それはおりしも烏がほのめかしていたつかわしめの正体を素戔嗚から聞き、芦原の野へ目をやった時だった。野で繰り広げられていた木偶らの相撲にはハラハラしどおしで、時を忘れて拳を握り、振り上げては叩きつけ、ノーッとのけぞり取り組みに心を奪われている。直後、柏手と鈴の()に乗り飛び込んできた木偶らの祈請は「早く働き手たちが帰って来るように」というもので、天照はそこで、さて、と考えた。

 そもそもそのようなもののために鳥居を授けたのではなく、相撲は山へ鎮まる国津神へ納められたものだから応えてやるのはちとお門違いのように思えてならない。だが木偶らの行いは全て天照へつかえてのことであり、そんな木偶らの取り組みにひどく魅せられたところでもあったなら、うん、まぁ、ここは褒美かわりに叶えてやってもよいか、と思えていた。

 ならそこから先はとんとん拍子だ。足元の雲を蹴って押しやる。出来た隙間から野を見おろし、気合もろともくわ、と両目を見開いた。とたん野は明々と照らし出されて、ぐるり見回し天照は村が背にした山の向こうのそのまた向こう、落ちる影を探してまわる。目に止まったならここ、そこ、あそこ、と次々に指差して、その指先で働き手らを宙へ釣り上げていった。中には厠で用を足している者もいたが、元よりミラクルに待ったなどない。気を抜けば落ちてしまいそうになるのだから眉を逆立て、息をつめ、ことごとく木偶らがいる山のふもとまで運び込んでいった。

 見つけて村の者がわらわら走り出してゆく様は、まったくもって健気といえよう。再会を喜ぶ声は上がり、奇魂と喜び(アガ)(タテマツ)る声は天照の元まで響きわたった。

「建御雷であれば働き手どもの数だけ雷を落とすでしょう荒業。素戔嗚であれば嵐で吹き飛ばして運んで来るやもしれぬ大惨事。獅子には、ちと多すぎる数かと。比べてあまねく野を照らすこの天照にはうってつけの業でした。あは。なんのこれしき。おほ。容易い、容易い」

 鼻高々で身を反り返らせる。

 止まらず、あはは。ははは。

 ついには、がははは、とのけぞり笑った。

「さすが高天原御柱タカマガハラオンチュウ、天照様。慈悲 溢れる思し召し、もったいのうございます」

 声にぎょっと、身をひるがえす。

「な、なんの、八咫の烏でしたか」

「は、至急お呼びたてとのこと。八咫、只今、野より戻ってまいりました」

 どうも毎度、空から現れるため、足音がしないらしい。忍ぶように降り立った烏はそこで、こたびも黒を光らせていた。なら天照も、こほん、喉を鳴らして真顔へ戻る。続かず口を覆うと顔をしかめた。

「ですが八咫っ。そのニオイは何です。焦げ臭いったらありゃしないっ」

「へ?」

 垂れていた烏の頭も弾き上がる。心当たりを思い出したか、はっと眉間の羽を逆立てた。

「ま、まさかっ?」

 くんくん、鼻を鳴らして確かめるのは広げた翼だ。

「ついさきほど例の鳩と一戦、交えまして」

 そう、雲太らが山で剣を奪われそうになったとき鳩へまといついていた烏こそ、この八咫烏だったのである。受けた命に従い木偶らの行く先を見守っていたところ、剣を奪おうとした鳩にばったり出くわしていたのだった。

「どうりで(ケガ)れが。うぉぇ。くしゃい」

「そ、そのつもりで念入りに(ミソ)いできたのでありますが。においますか。はて、いやはや、なんと……」

 裏返し面返し翼を確かめる烏も面目なさげだ。

「ええい。もうよい。今、時間がありません。ともかく、例のつかわしめの正体、祓った素戔嗚から聞きうけました。あろうことかこの野に和魂となって鎮まり、大国主の後ろだてとなるようわたしのやった神のつかわしめ、であったとか」

「……まさか」

 切り出されてピタリ、烏の動きは止まる。翼へ突っ込んでいた顔を天照へと上げていった。

「崇められず、鎮まる場所を見失ったせいです。それきり荒魂となった様子。八咫の察したとおりでした」

 覆っていた口元から手を下ろした天照も、間違いなしとうなずき返している。

「八百万の神をまとめ、国造りを推し進めるほどの神が真逆と荒ぶれば、それは国造りが滞るどころか野を元の泥へ変えかねぬほどの荒魂」

 確かに事態はクサイだなどと騒いでいる場合ではなかった。烏も目へ力をこめてゆく。

「野の乱れがこうまでも天津神の手にあまり、高天原すら混乱させようとしておるのも、おそらく私の遣わした神が荒魂として八百万、国津神を束ねようとしているため。よきをはからい遣わしたはずが、とんでもないことに……」

 天照はうなだれ、烏もゆっくり翼をたたんでいった。

 はずが、がば、と天照は顔を持ち上げる。

「ということを、なぜお前が初耳なのですか?」

「たっ、は、いえっ、そのっ、も、燃えて果てるか否かの瀬戸際でありましてっ!」

「木偶らのことを任せておるのに、肝心要を素戔嗚から聞かされるとは」

「はぁ、面目次第にございません」

 などとしょげるのもこれで二度目か。

「とはいうものの」

 しかしながら、おほん、と喉を鳴らす天照はやはり慈悲深かった。

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