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来 神 ’  作者: N.river
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くしみたま の巻  40

 果たしてそれがなんなのか、当の雲太にさえ説くことは出来ない。光景はただただ夢の中のようで、最後のひとつが山の中に消えてもなお誰もがその道行きを見送った。

 と、動く影はある。

 うねる山道の向こうだ。

 そこからひょこひょこ、何かは姿を現していた。

 薪を背負った男はやがて山を下ってくる。

「ヒナじゃっ!」

 きょとんと眺めていた年寄りが指さしていた。ならすぐさま違う名を呼んで別の声も隣から上がる。

「おおっ、サヨウもおるぞっ!」

 なるほど、肩に天秤を担ぐとまた一人、男は山を下りてきていた。いや、二人だけではない。少しばかり驚いたような面持ちで辺りを見回し、次から次へ男どもは山から下りてくる。

 見つけるたび村の者らはその名を呼び、働き手が帰って来たぞ、と声を上げた。合図にして行司さえもが、わーっ、と駆け出してゆく。

 そうして出迎えた娘御はめかしこんで美しく、大一番に声を張った誰もの顔は晴れ晴れとしていた。どれほどこの日を待ちかねていたことか。恨み言など出るはずもない。様子に男どももすっかり村は元通りになったのだと気づかされると口々にこれまでを詫び、同じだけ許す声を重ねた姿は輪となり里に広がっていった。

「そうか……」

 眺めて雲太は呟く。眼差しを高く彼方へ持ち上げていった。

「みなの願いは働き手が帰って来ることひとつ。祈りはしかと高天原まで運ばれたか……」

 己が手ひらへ落としてひとたび、じっと見た。


「それもこれも、みなさんの思いが届いたからこそ。奇魂のなせる業。なおのこと祠を大事に、みなさんでよりいっそう、ここを良い村にしてください」

 翌朝、村の者らは雲太らの出立を見送りに、タカの住まいへ集まっていた。その数は最初、ここを訪れた時に比べると倍ほどもある。そしてなにより違うのは、その中に働き手たちのたくましい顔が多く混じっていることだった。

 見回して京三はこうもつけ足す。

「浜の村も同じく安泰となっております。山を越えるには男の足でなければ無理でしょう。戻られたみなさんがまた以前のような行き来をしていただけると、浜の村も活気づくかと思われます。まだまだ苦しい生活をされておるところゆえ、手助けをお願いしたく申し上げます」

「道中、ミノオというわっぱどもが現れたなら村へ連れ帰ってやってもらいたい。父母を失くした兄弟四人だ。浜の村の事情ゆえ、山賊に紛れて暮らしておる。ぜひとも、ぜひとも、よろしく頼みたい」

 続けて雲太も口を開いた。別れ際を思い出したならぐっ、と唇をかみしめ頭を下げる。

 聞き入る頭は承知した、と揺れ動き、感謝の印として持ち寄った穀に芋に菜を雲太へと差し出した。すでに手持ちの穀は食いつぶしてしまったのだから持ち運べるだけを有難く頂戴して雲太らは、なくしたナベもまたタカから譲り受ける。

 それにしてもどういうわけかタカの旦那、シソウだけは戻ってこなかった。

「きっと神様もお見逃しになるような、大事な用事があるに違いないのだと思います」

 タカは言ってみせるが、もしやその身に何か起きたのではと過るだけに顔色は冴えない。

 そんなタカと幾人かの働き手たちが、次に越えねばならぬ山の入口まで雲太らを見送ってくれる。山はまた深く木立を茂らせ雲太らへ険しい顔を向けていた。前にして足を止めた雲太は言ったきりうなだれたタカへ振り返る。

「確かシソウは、この山の向こうの市へ稼ぎに出たと言っておったな」

 確かめればあのまっすぐな瞳は、そうです、と返してみせた。

「ようし分かった。わしらはまだその先、出雲へ向かうところだからして、シソウと出会ったなら必ずタカが帰りを待っておることを伝えると約束しよう」

 胸を張る雲太に、ほんとうに、とタカの目は輝く。そうしてはたと思い出し、束ねていた髪へ手をやった。髪は何本かの麻ひもでひとつにくくられていたが、そのうちの一本をほどき雲太へ差し出した。

「でしたら、これをシソウに」

「ほう、これは」

 それは真ん中に黒く光る石が飾りと結び付けられた麻ひもだ。

「シソウが昔、わたしに作ってくれたものです。渡して下されば、きっとわたしの思いも伝わるでしょう」

 軽く目を伏せてタカは説き、でなければ、などとは考えず再びその目を雲太へ持ち上げる。応えて雲太は麻ヒモを受け取り、懐の深いところへおさめかけて、いや、とそれを己の髪へ結びつけた。

「こちらの方が失くさずにおれるだろう。しからば、しかと預かり受けた」

 タカがクスリと笑い、そんな二人の間へ控えめと京三は割って入る。

「では、そろそろ……」

「本当に、旅の方は良いことのしるしだったのですね。それに不思議な手」

 節のない竹はまた清々しく揺れて、鈴を転がしたような声で笑った。

「わしも初めて知ったところだ」

 つられて笑う雲太の後ろで、京三と和二も顔を見合わせ微笑み合う。

 おさめてしからば、と頭を下げた。

 タカがどうぞお気をつけて、と言葉を添える。傍らで働き手たちもまた深く体を折ってみせていた。

 そんな村の者らへ、過ごしたひと時へ、雲太らは背を向ける。ならば出会いは別れの始まりとなり、別れはまた出会うための長い道のりとなって雲太らの前に木立を茂らせ深く立ちふさがった。

 果たして市がたつほどの大きな村でシソウを見つけることは出来るのか。

 分け入る足はただタカの安らぎを願い、ひいてはこの野が和魂の護り給う地となることを願う。願うまま、また奥へ奥へと小道を辿ってゆくのだった。

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