表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来 神 ’  作者: N.river
38/90

くしみたま の巻  38

 そらきた、とみなが背を伸び上げた。待ってました、の声は飛んで「雲の海」と、しこ名を呼ぶ声も方々から上がる。なら贔屓は人それぞれだ。「京の山」やら「ちびの国」と応援もまた勝負となって入り乱れた。

 囲まれチラリ、雲太と和二と京三は互いを盗み見る。三人が三人共、負ける気などさらさらないのだから、たちまちプイ、とそっぽうを向いた。そうして手早く衣を解いて履物を脱ぎ、下帯一丁となる。意気揚々とそれぞれの土俵際へ向かっていった。

 さてこの取り組みは横綱風情の雲太を東に、西の和二と京三が一番づつ取り組むかっこうだ。東西、付き人代わりに年寄りも控えると、前において東の雲太は拳を握り、ふん、と息を吐いた。ままに両の肩へ力を張り巡らせ、両足の指で地を掴みなおす。どうやら地は雲太へ味方している様子だ。足裏へ吸いつき、背へ気を巡らせてゆく。感じながら右、左。雲太は己が腕を強く叩いた。ぱんぱん、と鋭い音が耳を刺したなら勢いついでだ、両の頬も力いっぱい叩く。とたん寝ぼけていたのかと思うほど目は冴えわたり、ぶるる、と大きく頭を振った。

 その向いでも和二と京三が同じく手を振り、足を上げ、念入りに体をほぐしている。雲太がぱんぱん、音を立てなら、負けじと体を叩き返してみせた。

 聞こえて雲太は振り返る。

 間合いもちょうどと、うかがう二人と目は合っていた。

 遮り行司が土俵へ立つ。

 軍配を向けたのはまず、西だ。

「ひがぁしぃ、ちびのくぅにぃ」

 呼ばれた和二が土俵へ躍り上がっていた。

「ひがぁしぃ、くものぉやぁまぁ」

 雲太へも軍配は持ち上げられて、囲う者の間から歓声は湧き起る。

 果たして土俵で見る和二はといえばやはり小さく、このあいだ捕まえ損ねた猪にも劣る薄っぺらさだった。だがその身は雲太よりはるかにすばしっこく、何やら巡らせる知恵に両目を怪しく光らせてもいる。油断ならならぬ相手だ。見据えて雲太は一礼した。

 大きく手を打つ。

 爪先立って腰を落とし、つくばいの姿勢をとると軽くシコを踏んだ。返した踵で再び西と東に分かれたなら、付け人代わりと待ち受けていた年寄りから力水を受け取る。含んで吐き出し、これまた手渡された力紙で口を拭った。その手で雲太は塩を握る。ぱあっ、と撒けば宙で塩はきらきら光り、向かいで和二も、えい、と投げつけ土俵を清めた。終われば互いに地へ引っかき描かれた仕切りへ歩み寄ってゆく。下帯の締まり具合を確かめ右、左と、ねじ込むように仕切りへ拳を置いていった。

 そうして面を上げたなら、真ん中へ目を寄せ睨む和二の顔はそこにある。狙い定めて睨み返せば雲太の目玉もまた、ぐっと真ん中へ寄っていった。

「両者、見合ってぇっ」

 行司の声がみなの気を吸い上げる。

 はけ、よぉいっ、で雲太はぐっ、と体を前へ倒した。

 のこった、とともに力一杯、土俵を蹴り出す。

 はずも、目の前で何かはパン、と弾けていた。虚をつかれて雲太は目を白黒させ、これはいかん、で我に返る。だがすでに遅く、和二はすでに雲太の足へ食らいついていた。抱え上げんと身を反らせたなら、雲太は残る足で土俵際まで飛び跳ね逃逃げた。もう後がなくなったところでどうにか、む、と踏みとどまる。

 あと一息、と踏ん張る和二の顔は真っ赤だ。

 この番狂わせに囲う村の者らも手を振り上げ声を飛ばしている。

 行司も鼓舞して二人の周りをのこった、のこった、と跳ね回っていた。

 だが和二の力ではそれ以上、外へ押し出すことはかなわない。だからして小枝のような和二の腕へ、雲太は手を伸ばしていた。むんず、と掴めば和二から、わわわ、と声も上がる。だがここは勝負だから手加減してやらない。和二のしがみつく足で逆に和二の両足をなぎ払う。宙吊りとなった和二の体をそれきりぽい、と土俵の外へ放り出した。

 すとんと腰をついた和二は何が起きたのか分かっていないような顔つきだ。歓声もあっけなくついた勝負にぴたり止むと、にわかに笑いへ変わってゆく。もちろんそこに和二の奮闘を称える声も混じっていたが、聞こえず駄々をこねる和二は手足をばたつかせるとしばらく土俵の外でむずかった。付け人代わりの年寄りになだめられ、どうにか雲太と一礼を交わす。土俵から降りていった。

 そのさい京三を盗み見た和二の目は、まことにすまなさげだ。

 だからこそ京三は心配無用、とうなずき返す。ままに雲太をとらえた。苦もなく取り組みを終えた雲太はそこで、余裕ありげと汗なんぞ拭っている。

「そら、それはなんじゃい」

 尋ねて行司が首をかしげたのは、そんな互いが土俵へ上がってからのことだ。背に京三が剣を結わえつけていたからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ