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来 神 ’  作者: N.river
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くしみたま の巻  37

 閃きに和二が、おお、と身を乗り出していた。確かに男衆の失せた村なら相撲などと威勢のよいものはとんとご無沙汰に違いなく、だからこそ雲太らが景気づけと名勝負、見ごたえのある大一番を繰り出せば、御神酒を片手に神どころか村の者さえ盛り上がることしきりと思えた。

 だが京三はといえば、眉を跳ね上げたきり、どうにも浮かない様子だ。

「なんだ、お前は気が乗らんのか。なんでもやってのけるとタカの前でいきまいてみせたではないか」

 拍子抜けして雲太は問うた。

「そ、そのとおり。気が乗るも乗らないも、これは受けた恩を返してのこと。い、嫌なわけが、ないでしょう……」

 京三は返すがどうにもぎこちない。顔へ雲太は眉を寄せてゆく。やがて気づいて、ははぁん、と鼻を鳴らした。

「さてはお前、みなの前でわしに負かされるのが嫌なのだな」

「まっ、まさかっ」

 などと声を大きくした京三のそれは図星の証拠だ。

「いやいや無理をするな。のう、何しろ同じものを食っているのにお前はひょろひょろときた。並べば貧相でならん。それだけでも恥ずかしいところを、娘御らもおる前でわしに無様とひっくり返されるのだからな。それはもう、いてもたってもおれんだろう」

「そうなのか?」

 きょとんと聞いていた和二も京三へ目玉を裏返す。

 はっ、はっ、は。なにを、なにを。

 だとして笑って返せばよいものを、しかしながらできぬ京三はそのとき腕を振り上げる。

「なっ、何をおっしゃいますかっ。そもそも誰が雲太なんぞに負けると言いましたか。相撲は体の大きさのみならず心技体がそろってこそっ。とりわけ心と技が重要なのです。ならわたしこそ勝って当然っ。図体だけのでくの坊は、それこそ押されてすとん、と倒れておればよいのですぅっ!」

 ままに拳を握りしめた。

 その言いようにも気迫にも、たちまち目を輝かせたのは和二となる。うん、そうだ。うなずくが早いかさっ、と京三の傍らへついた。

「そうだうんにい、覚悟するのだっ」

 京三にならいビシリ、雲太へ指を突きつける。

 おかげでぴーひょろ鳴っていた雲太の鼻も、そこでぴたり鳴り止んでいた。やおらニッ、と笑ってみせる。

「ほほう、これは面白い。ならどちらからでもかかって来い。いや、両方まとめて投げ捨ててみせようッ」

 もう勝負は始まったも同然となっていた。三人はすでに土俵の上かと睨み合い、村の者らが見守る前で、ぱちぱち、目から火花を飛び散らせる。

「そらっ、どちらも負けるなっ」

「やっ、雲の海っ」

 これは勝負が楽しみだと声は上がる。

 絡め取って雲太の指は、迷うことなく山の頂を指した。

「ようし明日だッ。日があの真上にかかった頃を取り組みと定めるッ」

 土俵だ。塩だ。力水だ。応じて声は上がり、舞いと曲芸も控えていたなら、はてさて鳴り物はどこへやったか。道具はどうした。口々に騒ぎ立てると一目散に、みな祠の前を離れていった。

 そうして日は暮れ、夕げの支度ができたことをタカが知らせに来るまで、雲太と和二と京三はシコを踏む。相手と見立てた木立へ手を打ちつけ、明日の一番に備え稽古に励んだ。

 良い取り組みは真剣勝負あってこそだろう。だからして誰も口をきかない。眠る時でさえひと塊にならず三人は、表でおのおの横になった。

 朝げはいつもの粥だ。だが勝負を控えた三人のため、タカはいつもより濃い粥を用意してくれていた。前にして雲太らはタカに感謝の言葉だけを伝え、これまたものも言わずにさっさとたいらげる。田畑を前にシコを踏み、だれからともなく連なり歩くと祠へ向かった。

 そこで雲太らが目にしたのは祠の前に描かれた土俵の輪だ。真ん中には相撲が神へ捧げられるものであることを示し、稲妻の形に似たシデも白く揺れていた。東西それぞれ土俵の脇には、力水と清めの塩も用意されている。

 いよいよだと思えば雲太らの気もなお引き締まった。それぞれの方向へ散ると体を整え時を待つ。

 そんな土俵前へ最初に姿を現したのは曲芸を披露すると言っていた年寄りだった。クワと瓶子をたずさえ子供らをまといつかせると、祠の前へ現れている。そうしてせがまれるままに、クワの先へと瓶子を乗せた。

 さあ、これが驚いたことに年寄りが手を離したところで瓶子は倒れずちょん、と立ち続ける。子供らの間から驚きの声は上がり、クワを振って年寄りは瓶子をポン、と宙へ放り投げた。雲太らの目も子供らの目も瓶子を追って持ち上がり、くるり一回転してみせた瓶子はまたもやクワの先にぴたり、立つ。どよめきは沸き起こり、手を打ち鳴らして子供らははしゃいだ。おっつけ現れた大人たちもそこへ加わったなら披露する年寄りの調子はますます上がり、曲がった腰で瓶子を回しに回す。どよめきは幾度となくわき起こって、その素っ頓狂な年寄りの動きに誰もが腹を抱えて笑いに笑った。

 笑い疲れたころだ。年寄りは瓶子をクワに乗せたまま囲うみなの輪へ戻ってゆく。入れ替わりで滑り込むように、手に手に鈴を携えた娘御たちは現れていた。まとう衣こそ、そのままであったが娘たちの束ねた髪には花が挿され、唇には紅がひかれている。美しさに子供も年寄りもほう、と見とれて息をつき、それは見守る神も同じか、さわさわ風は吹き抜け娘後らの衣を揺らした。

 合図にクメが笛を吹く。笛はそんな風と謡っているかのようで、細く枯れた音色が山を、里を、包み響き渡った。

 身にまとわせて娘御たちは乱れることなくたおやかと舞い踊る。姿は、指の先から衣の裾までが流れるようで美しく、向けられた眼差しの行方は儚げだった。そこへ誰もが惹きつけられたなら、断ち切り身は切り返されて鈴がシャン、と鳴らされる。さらって風がまたさわさわと吹き、曲芸にわいていたのも今は昔、みなその心地よさに黙り込んだ。気づけば山も神も人もだ。隔たりなく、ひとところで肩を寄せ合い舞に見入る。ついに笛の調べが果てたなら、ふうっ、とため息さえもらしていた。

 そのころ日は、と見上げたなら、真上をわずかに過ぎた山の頂あたりだ。

 娘御たちが楚々と退いてゆき、代わり土俵へ年寄りは軍配代わりの扇を手に現れていた。そこで曲がった腰を目いっぱい伸ばすと、広げた扇を前に掲げて土俵を東西に分ける。

「これより祭りの大一番、村相撲の取り組みを、納めて披露いたしまするうっ」

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