くしみたま の巻 36
抱えてさっそく土台へ向かう。窪みへ突き刺し、祠の上で互いがもたれあうよう立てかけた。その大きさはちょうど雲太と京三が両の手をつないで輪になったほどか。削って作った柱の凹凸をしっかり噛み合わせた。もたせかけたつなぎ目がずれぬよう、気を配りながらワラでまとめてきつく縛る。ワラを葺くべくその周りへ、ぐるり囲むように幾段もの縄を張っていった。
さほど大きなものではなかったが、休まず手を動かし続けたせいで、いつしかふうふう息は切れる。しかしながらあと少しで出来上がると分かっていたならだれ一人、休もうと誘う者はいなかった。
張り終えた縄へ次から次へ、運び入れたワラをかけてゆく。終わると雲太は揺すってほどけることがないことを、ワラ屋根が崩れてこぬことを確かめた。じゅうぶんだと分かったところで、少しばかり大きく作られていた土台の窪みへ石を詰め柱を固定する。余るワラを切り落とし、ぼさぼさだった正面もまた整えていった。
出来た。
思えども声は出ない。
ただ、うん、と頷き祠からあとじさる。
数歩も行けばすっぽり雲太の目の中に納まってしまうその姿は、土から芽吹いたばかりの土筆のようで何とも控えめといえた。だがそこが可愛らしく、親しみのわく祠だと思う。
気付けば村の者らは雲太の周りに集まっていた。
進み出た女たちが抱えていた荷を下ろす。祠の中へ麻布を敷いて水と穀を供え、切りそろえた正面に鮮やかな藍色の布を垂らして神の座を覆いかくすと祭壇をこしらえていった。共に運ばれてきた供物の菜は大きすぎたようだ。祠の前へ積み上げられてゆく。見ての通りの質素な村ゆえ、そのどれもが華美とはほど遠かった。だが山の平穏と、ひいては村の安泰を託して迎え入れる神をもてなす気持ちに甲乙などありはしない。
仕事を終えた女たちと入れかわる。雲太は懐から紅玉を取り出した。
誰もがいつしかその時を見守りかたずを飲んでいる。
ただなかで祠の一番奥、敷かれた麻布の上へ雲太はそうっと紅玉を納め置いた。
辺りからため息をついたような声が、ほう、ともれ、呼び止めて人影はそのとき転げるように山道を駆け降りてくる。おうい、おうい、と繰り返す声はクメだ。丸めた背で息を切らせると、驚く皆の元へ辿り着いていた。
「御神酒にございます」
抱えていた瓶子を差し出せば、確かに足りず雲太も眉を跳ね上げる。
「そのために山へ入っておったのか」
「はあ、猿酒の湧く木がありまして、魂をお迎えするのですから、そら汲まんとと思い登ってまいりました」
「それはそれは、またご苦労なことでした」
「もう、お父さん、言ってくれればあたしが行ってきたのに」
たまげて寄り添い京三はその背をさすり、一部始終にタカも慌てて駆け寄っていた。
「何を言いおる。娘が木になんぞ登るもんではない」
などと出た言葉は、お転婆と呼ばれるタカならではだろう。やりとりに雲太も思わず笑う。
「いや、最後の最後まで世話になるとは、かたじけない。さっそく献上いたそう」
すこうし匂いを嗅いでから、積まれた穀の隣へ瓶子を供えた。なら守るヒノキについては言うまでもなく、紅玉の座りに照りさえ変わってしまったようだ。大きさなど関係ない。整った祠は神々しくも威厳を放ち、見守っていた村人が一人、また一人と頭を垂れてゆく。これで何もかもがうまく運ぶに違いない。感極まるとすすり泣く声さえ聞こえていた。
様子に雲太も和二も京三も、これ以上の仕上がりはないと目配せし合う。改め手を合わせると、村のこれからが健やかであることを心より祈ってまぶたを閉じた。
上げて空を仰げば高天原まで高く突き抜ける空はもう赤く、その端に闇を染ませて夜の気配をのぞかせる。
「これで働き手さえ戻ってくれば」
思うところは同じだ。呟いた京三にそうだな、と雲太もうなずき返す。うなずき返して、ぐ、と両目へ力を込めた。それは時が止まってしまったかのように急で、京三も気づいて顔を上げる。
「どうか、しましたか」
「いや、まだ終わっておらん」
言う雲太の目は食い入るように祠を見つめていた。
「祭りだ……」
「は?」
「祭りだ。祭りだ、京三ッ」
繰り返す雲太は京三へ詰め寄ってゆく。声は大きく、囲う村の者までが何事だろうと雲太を見た。集めて雲太はもろ手を振り上げる。
「地に鎮まった神へわしらの感謝を示し、祭りを企てるは当然のことッ。みなで豪勢にもてなせば、なおのこと機嫌よく山を護って下さることだろう。そのうえだ、そうして賑やかしくしておれば誰がこの村を龍の襲う村だと思うか。働き手が帰って来るのをいつかなどと待ってはおれんぞ。祠が建ったことを周りへとくと知らしめるのだッ。そのための祭りを企てると、わしは決めたッ」
などと思いつきは唐突で、村の者はなおさらポカンとしていた。
「ま、待ってください、雲太。だとして一体、何をどうしようというのです」
京三もうわずる。そうして過るよもやにピシリ、眉間を割った。
「ま、まさか、あなたはまた裸踊りを披露するつもりでおるのではっ……」
「それではまた荒ぶるんだぞ」
あながち冗談に思えず和二すら口を挟む。前で雲太は、がはは、とおおいに笑ってみせた。
「何を言う。それはウズメだ。ここにはわしらしか働き手はおらんのだぞ。なにかこう、わしらにしかできんような、こう、みながわっ、と盛り上がることを企てたい」
と、声は祠を囲っていた村の者の中らから上がる。娘御たちだ。祭りなら舞いを奉納すると申し出ていた。聞いて年寄りからそれはよい、と声は上がり、きっかけにアレをやるのはどうだろう、と提案は飛ぶ。ならアレとは曲芸のことらしく、得意な年寄りがここは目出度いおりであるから、とかって出ていた。子供らはそれをよく知っているようで、早くもわー、わー、騒ぎだす。そうなれば舞いも曲芸も、祭りそのものが久しぶりのことだった。準備に誰もは色めきだち、囲まれ雲太もポン、と手を打つ。
「そうだッ。わしらは相撲を奉納するッ」




