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来 神 ’  作者: N.river
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つかわしめ の巻  29

「わぁっちっ」

 唖然と眺めていた和二が、浴びて雲太の背で声を上げる。

「ええいッ、大八島はいずれ天津神らの治めし地。魂こそ祓われ鎮まりしものなるぞッ」

 雲太も払えばめがけて鳩は、さらなる火の粉を吹きつけた。伏せろ、と雲太は和二の頭を押さえつける。おかげで燃されることは免れたが、火の粉は二人をかすめた後ろ、登りの山肌に吸いついてしまっていた。

「しまったッ」

 炎はそこでも立ち上がりると、ぼむ、と煙を黒く吐き出す。木立を飲みこみ肥え太って、二人の退路を遮った。

「う、うんにいっ。みんな、みんな燃えているぞっ。おいらたちも燃えてしまうぞっ」

 雲太の尻に和二が背を貼りつける。

「ええいッ、わかっておるッ」

 ならばと爪先立ったのは和二の方だ。

「けいにぃっ、どこだぁっ。けいにいぃっ。おいらたちも燃えてしまうぞぉっ。けいにぃっ!」

 呼びかけその手を打ち鳴らした。

 なるほど、あるとすればそれしか手はなく、雲太も急ぎ打ちつける。

「京三ッ。聞こえるかぁッ。聞こえておるなら鈴だッ、今すぐ、今すぐ、鈴を鳴らせぇッ」

 だが手のひらの鳥居は、うんともすんとも言わない。うちにも頭上でまた鳩は大きく翼を打ち下ろす。あおられ周りでごう、と炎が勢いを増した。その先をよじって壁と天へ伸び上がり、切っ先から炎の毛皮をまとった山犬の群れを紡ぎ出す。現れた山犬たちは丸めた背から黒い煙をもうもう吐き出すと、熱の牙を剥き低く唸り声もまた上げた。合図に、真っ逆さまと仰ぐ二人へ身を躍らせる。


 そのとき京三は、山肌でうつぶせになるとうっすらまぶたを開けていた。思い出せるのは途中までで、山道から足を踏み外した後、体を受け止めた木の音がけたたましかったことと、首根っこをへし折らんばかり転がった地が冷たく固かったことをうっすら思い出す。

 煙たい。

 思うまま、こほん、こほん、と咳き込んだ。

 どうや転げ落ちた時にしたたか打ち付けた様子だ。痛む腹に顔をしかめ、おかげで忘れていたような体に力が巡るのを感じ取ってゆく。

 そんな頭は山側に、右手はいまだ剣を握り絞めると、左手は握りしめるほど砕けてなくなる落ち葉に触れていた。両の足は転落の衝撃に失せてしまったのかと思うほど心もとなかったが、探しながらゆっくり体を起こしてみる。

 目の前が白い。

 なるほど煙たいわけだと思えていた。煙を吸い込みまた咳き込み、京三は登りの山肌が真っ赤と燃えているのを目にする。それだけではない。谷もまた煙に包まれると、チラチラ炎をのぞかせていた。

「あの火の粉のせいでっ……」

 もう堪え切れず京三は、澄んだ空気を求めて地へ身を擦りつける。おいつかず、急ぎ袂を口元へとあてがった。ここにいてはいけない。思うが、斜面は手さぐりで登りも下りもできるようなものではない。何より煙を吸った胸の苦しさに体こそ、思うとおりと動いてくれそうになかった。

「うん、雲太ぁっ。和二ぃっ。わたしはここですっ」

 覚悟を決めて声を上げる。だが返事はない。それどころかそれを最後に一言も話せぬほどむせかえった。悶えていればやがて霞むに加えてくらくらと、目すら回り出す。果てから呼ぶ声もまた響かせた。甲高いそれは和二のもので間違いないと思う。おっつけ雲太の野太い声も重なると、二人は懸命に鈴を鳴らせ、と繰り返しているようだった。

 鳩だ。

 火を吹くもののけを相手に二人は苦戦しているに違いなかった。鈴を振らねば。京三は思う。そこには雲太らの身のみならず、芦原の野もまたかかっていた。うつ伏せのままだ。思いがじわり、剣を体へ引きつけさせた。胸の下、柄頭を探して指先に触れた布の端をしっかとつまむ。もう残る力はこれしかなかった。息を整え、揺すった身でゴロン。京三は寝返る。勢いを借りて腕もまた高く振り上げた。つまんだ布を柄頭からひと思いに引き抜く。

 ひとつ、ふたつ、どうにかみっつだ。

 剣を振った。

 だがそれが鈴を鳴らせるほどのものだったかどうか定かではない。

 きっと鳴ったに違いないと京三は口元をほころばせる。それきり腕を投げ出していた。


「あちちっ」

 頭の上から、右から左から、煙を引きずり炎をなびかせ山犬は雲太と和二へ襲いかかる。かわして袂をひるがえし、背中合わせで二人は前へ後ろへ入れ替わった。

 だがそれ以上がままならない。掴んで振り払うにしても、相手は触れればやけどする熱の毛皮をかぶった炎の塊だ。炙られ雲太らこそ息を詰め、次第に動きを小さくしていった。

「ええいッ。このままでは火に食われるぞッ。京三ッ」

 雲太はふたたび手を打ち鳴らす。

「けぇにぃっ!」

 和二も悲鳴に似た声を上げ打ちつけた。

 と、そのときだ。ぽう、と光は手に灯る。


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