つかわしめ の巻 28
先頭を切り地を蹴りつける。もちろんです、と京三もイナゴの袋を懐へねじ込んだなら、雲太を追いかけ駆け出した。遅れまじと転げるように、和二もその後に続く。
三人を引き連れ鳩は、時に吹く風に身を浮き上がらせると高く空へ舞い上がり、かと思えば滑ってはくだるを繰り返した。見定め雲太らも走りに走るが、食っていない体が鈍るのはまことに早く、あっという間に息は切れ、喘ぐ声を口からもらす。それでも鳩が低いところを飛んだなら、目の前にぶら下がった剣に向かって力の限りに雲太は飛びついた。かわす鳩につんのめったところで、前へ出た京三と入れ替わる。
「任せてくださいっ」
放った京三が和二の袴へ手を伸ばしていた。向かって和二も、えい、と地を蹴りつける。なら阿吽の呼吸と、掴んで京三は和二を鳩へと放り投げた。体は雲太が飛び上がった時よりも高く舞い上がり、驚き鳩も振り返る。おかげで翼はおろそかになった様子だ。のがさず目の前にぶら下がった剣へ、和二はみごと食らいついてみせた。
「取ったぁっ!」
掴んで離さぬ鳩もろとも、どうっと地面へ転がり落ちる。打ちつけられて鳩は吹き飛び、それきり両の手足を剣に絡めて和二は小さくなった。起き上がった鳩がその頭を、背を、その尖った嘴で突っつきまわる。いたたた、と和二から声は上がり、駆けつけ京三は助けてすかさず手を差し出した。
「和二っ、こちらへ投げなさいっ」
応えて、えいっ、と和二が腹から剣を投げる。受け止めたなら京三へ、たちまち鳩はまとわりついた。懲りず突っつき羽を打ちつけ、剣を渡せと迫りに迫る。それでも拒めば京三めがけ、ぐぐ、と喉を詰めていった。
様子に、身を起こした和二が声を上げる。雲太もこれはいかん、と眉間を詰めた。察して京三も顔を上げるが、めがけて火の粉は、ぽ、と吐きつけられる。かわして体をひるがえすがそれが悪かった。京三の足はその時がくん、と山道を踏み外す。あ、と口は開いたままだ。それきり茂る谷へ真っ逆さまと転げ落ちていった。
「京三ッ」
駆ける足へ雲太は力を込めなおす。急ぎ京三の消えた茂みをのぞき込んだ。だがその姿はもう、茂みに呑まれてもう見ない。代わりに早くも煙は漂い、パチパチ、爆ぜる音が聞こえたかと思えば、ぼう、と噴き出す炎を目にしていた。勢いはミノオの住まいを焼いた時と同じかそれ以上だ。噛みつかんばかりの勢いに雲太は思わず身を引いていた。
「おういッ、京三ッ」
もう飛び込めはしない。ただ名を呼んで返事を待つ。
傍らへ、影は舞い降りた。
はっ、と気づいて雲太は身構える。
鳩だ。用のなくなった翼を静かにしまい込んでいる。木の実のような赤い目玉で、じっと雲太らを見た。
これはただものにあらず。急ぎ雲太は和二の体を掴むと背へ放り入れる。
「さてッ、これは獣が祟るに過ぎたる所業。そこにおわすは獣にあらず。いかなる荒魂かッ」
「われは」
答えて低く、声は鳩から放たれていた。
「大八島に鎮まる大御神の使いなり。そなたら、我を、探すなかれ」
浴びて木立もざわめく。雲太も、ぐ、と腰を落していた。
「なに、わしらに探すな、と……。つまり魂は天照の遣わした神、大国主命の幸魂のつかわしめと言うかッ」
「祀られず、我、愚かなりし野を呪いて荒ぶる魂となりにけり。国津神を束ねて国造る命あらば、すなわち祟りて国津神を束ね、芦原の野を治めて枯らさん。愚かなる野に、怒り、果てまで示さんっ」
とたん、ごう、と谷で炎が勢いを上げた。照らし出されて鳩の身に瞳は真っ赤と染まり、見せつけ鳩は両の翼をひとたび大きく広げてみせる。
「歩く鳥居は野の者にあらず。木切れは薪ぞ。燃してつかわさんっ」
打ち付けパアッ、と舞い上がった。
追いかけ雲太もアゴ上げれば、そこで鳩は喉を詰める。雲太らめがけ火の粉を吹いた。
だとしてそう何度も同じ手にかかるまい。見定め背の和二もろとも後ろへ飛びのく。火の粉はそんな雲太の足先へ落ち、土だろうと燃やしてみせた。消えず山道を塞ぎ広がると、登りの山肌につもる落ち葉へ移り、あっという間に伝い登った木立を火柱に変える。燃えさかる枝葉から、二人へはらはら火の粉を降らせた。