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来 神 ’  作者: N.river
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つかわしめ の巻  25

「いつの間に、こんな高いところまで登っておったのか」

 山道の谷側を埋めて生い茂っていたはずの木立はそこだけぽっかり途切れると、真っ青な空をのぞかせている。手に取れそうな近さで空に雲はゆるゆる流れ、まるで空へ体が舞い上がってしまったかのような具合であった。証拠にのぞきこんだ足元で村は、その先に広がる鏡のような海は、オノコロ島は、すっかりかすむと小さく縮んでいる。

「うわぁっ」

 京三の下からたちまち和二が飛び出していった。切り立つ山道のきわまで走り寄ると、今にも飛び立ちそうに爪先立って手を振り上げる。

「おぉーいっ、おぉーいっ! おいらたちは、ここまで来たぞぉっ。見えるかぁっ!」

 とはいえ旅はまだ始まったばかりで、いずかたへ消えた神はおろか出雲にさえ辿り着いていない。しかしながら景色を前にすれば雲太ですら、国中之御柱を発ったのが遠い昔のことのように思えてなず、それでは見えんだろう、と和二の体を抱え上げてやった。その高さにも和二は、きゃっきゃ、と騒いでなおさらイナゴの包を振り回し、こころゆくまで手を振り続ける。

「そら、おしまいだ」

 ひとしきりはしゃぎ終わったところでおろし、先ほどにもまして吹き出した汗を拭うと雲太は腰を伸ばしていった。京三がいつの間にか見当たらない。気づいて辺りを見回し、背からの声に振り返る。

「ちょうどいいではありませんか」

 山側の斜面だ。差していた剣を腰から抜いた京三は、そこに腰を下ろしていた。

「何しろ朝から歩き詰めです。眺めて、ここでひと休みでもいたしませんか」

 言われて雲太もそうだった、と笑って返す。傍らへ歩み寄ると座ることにした。 

「何しろ食う飯がないからな。歩くしかほかにすることがない」

「おかげで道は進みましたが、無理をするとすきっ腹がこたえて倒れかねません」

 などと、口ぶりはまんざら冗談とも思えない。腰の竹筒を手に取ると、そうして京三は汲んでおいた清水を一口、含み、雲太へも差し出した。

「明日にも越えんことには、まずいことになりそうだ」

 受け取って雲太もあおる。

「お前の言うとおりだった。子らを連れていたならこの山道は、到底、無理だったろう」

「こらえていただき心より感謝しております」

 言う雲太へ京三は目を伏せた。

 そんな二人の間へ和二は駆け戻ってくる。さっそくだ。股ぐらへイナゴの包を置いた。

「お、もう、なくなるぞ」

 ならばなおのこと食っておかねばなるまい。のぞいた包みへ手を差し入れる和二に続き、雲太もまた指を伸ばす。

「うむ、これがなくなれば、あとはそれぞれ穀が一握りのみだ」

「明日でおしまいですね」

 京三もへの字に曲げた眉で包みの中のイナゴを探った。

 ひとつ、ふたつ、みっつに、よっつ。

 景色をぼうっと眺めながら、三人はイナゴを食らう。

 さなかそう言えば、と話を切り出したのは京三だった。

「鳩のもののけがいたとか」

 そうだった、と雲太もヒザを打ち返す。

「火の粉を吹いてミノオの住まいを焼いた。獅子が食らいついておっただけに、あれは……」

 が、そこで雲太の話は止まっていた。

「あれ、とは何なのですか?」

 尋ねた京三も、おや、と顔を曇らせる。間を置くことなく和二もだ。むむ、と口をつぐんみせた。ままに三人は眺めていた景色から視線を戻す。まず互いを見合い、それから和二の股ぐらへ落とした。やはり怪しんだ通りである。あったはずの包みはいつしか失せてなくなると、代りに互いの手はそこで互いを掴み、絡まり合っていた。

「おっ、おいらの、イナゴがなくなってるぞっ」

 尻をすると後じさって、和二がたまげる。

「まだ残っておったではないかッ」

 大事な最後の食い物なのだ。雲太も声を大きくした。

「い、一体、包をどこへやってしまったのですかっ?」

 うろたえた京三も毛を逆立たせる。

 と三人の視線は、またもやひと思いに持ち上げられていた。ほかに誰がいるわけでもない山の中だ。そうして言わぬが探るのは、互いの腹で間違いない。たちまちじりり、視線は宙で火花を散らした。押して押されて、睨んで睨まれ、三人は、ぐぐぐと顔を寄せてゆく。それ以上、近づけぬところまで突き合わせたなら、ついに雲太が口火を切っていた。

「さては京三、嫌いだ嫌いだと言うておきながら、お前が包を隠したな」

「何をおっしゃいますか、わたしはそんないやしいことはいたしません。言うあなたこそ怪しいのではないですか」

 と和二が、はっ、と息をのんだ。振り上げた指で雲太を指す。

「そうだぞっ。うんにいは体が大きいぞ。だから一番、腹がすくぞ。怪しいのはうんにいだっ。隠して後でこっそり食うつもりだぞっ」

「なっ、何をぬかすッ。わしは兄だぞ、そんな卑怯なことは断じてせんッ」

 言われように雲太は眉を跳ね上げ、巡る思いにここでもはた、と真顔になった。

「いや、怪しいのはお前の方ではないか」

 じいっ、と和二へ目を寄せてゆく。

「だいたい股に抱えておったのであろう。なくして気づかぬとは合点がゆかぬ。上手く隠せたと思っておっても、この兄の目だけはごまかせんぞ」

 ニンマリ笑えばのぞく歯は怪しげと光り、前へずい、と手を突き出した。

「さあ、和二、お前が隠したな。今すぐイナゴの包を返せッ」

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