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来 神 ’  作者: N.river
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たまご の巻  21

 ミノオの住まいは日暮れまで燃えていた。

 炎が消え、近づくことができるほどまで冷めたのは、翌朝になってからとなる。杭ひとつ残っていない焼け跡を前に下の子供らはただただきょとんとし、ミノオだけが雲太と連れ立ち中へと入っていった。焦げた土座は黒い。だがその上に並んだ父の骨だけは真っ白で、雲太とミノオの目を刺し続けた。

 雲太はミノオがまた泣き出すのではなかろうかと気が気でならず、幾度も様子をうかがい見ている。だが焼けた骨はあまりに綺麗で父の面影などまるでなく、前において屈みこんだミノオはそれを亀の卵と同じに衣の裾へ拾い上げただけだった。

 まだ温かい骨を畑の隅に納めて石を積む。供える物は何もなく、だからして飾られたのは下の子供らが摘んできたいくらかの花だけだった。まったくもって簡素だったがその分、皆で一生懸命、手を合わせる。長らく哀れな姿を晒させた罪を詫び、魂が無事、産土神に連れられ死の穢れを祓えるよう心から祈った。

「見てみろ」

 終えて雲太は子供らを促す。もう飽きた下の子供らは父の埋まった辺りを駆け回っていたが、ミノオだけが雲太の声に、合わせていた手から顔を上げていた。

「どうだ、こうしてようよう弔えばいつもと違って見えるだろう」

 言われるままに龍に毟られ荒れ放題の田畑へ、山へ、空へ、ミノオは目を這わせてゆく。雲太はその横顔へと腰を屈めていった。

「こうして皆で祈ったからして、お前の父はようやく産土神に連れられると、魂の穢れを祓えたぞ。祓ってこの地に鎮まる立派な神となられた。だからして、そら、その山にも田畑にも川にも、生えておる草木にも、お前の吸っておる空気にも、全部だ。全部にお前の父は母と共に宿っておるぞ。そうしていつまでも、お前たちを見守り続けるぞ」

 言葉に目を丸くするミノオの背をぽん、と叩いてやる。

 勢いにミノオは前へつんのめり、踏み止まったならもう一度だ。右から左を、上から下までを、見回していった。最後、胸いっぱいに空気を吸い込んで、味わうように止めてゆるゆる吐き出してゆく。名残りおしげに瞬きしたなら雲太へと、いや己へと、やがてこくり、うなずき返した。

「うん。おった。おとうも、おかあも、おった。おいらに、きらきら手を振った」

 雲太へと振り返る。ならその顔へ、言った通りだろう、と雲太も笑った。


 果たして龍を退治することはできたが、ミノオらは住まいをなくしてしまっている。御器かぶりにイナゴは焼いて埋め、田畑は元の姿へ戻ったが、大人たちはまだもう一匹の龍が残っていると言って子供らを預かろうとはしなかった。そして因果の謎は鳩と共に山へ消え、龍が戻る穀の季節まで雲太らが村に留まることは出来そうもない。

 ゆえに雲太らはミノオ兄弟を引き連れ、昼を前に村を出ている。

 別れぎわ大人たちが分け与えたのは、獅子の塩が振られた焼きイナゴの大きな包だった。京三は心底、嫌がったので、もっぱら子供らがポリポリ食って腹の足しにする。

 そんな子供らの行き先はもう決まっていた。それは雲太と京三が子供らをどうするか相談していた間のことだ。大人たちは先に手を回すと、山賊の子になれ、とミノオへ吹き込んだのだった。従い、雲太へ言い出したのはミノオ自身である。

 確かにこの先、連れてゆけない雲太らだった。だからして、バカなことを言うものではない、と叱ることはできていない。ただ夕暮れ前、後ろめたさにとりつかれながら、おずおず山へと入っていた。

 幾らも進まぬうちにヤブの中からだ。獣の皮をかぶった大、中、小、の三人組は飛び出している。どれも身を拭う前のミノオらのような顔で雲太らの前に立ち塞がると、獣の毛がこびりついた刃物や棒切れを突きつけ、持っている物は全ておいて行けと脅してみせた。持ち合わせていない雲太らは、代わりに子供らをここに残す、と絞り出す。

 突拍子もない話に三人が顔を見合わせたことは言うまでもなかった。どうにか話をのみこむと、やがて繁みの向こうへ野太い声を投げている。

「……お頭」

 片側にあった山肌は、茂る笹に覆われていた。いつからか雲太らをうかがうと、その葉陰から幾つもの目はのぞいている。呼ばれた男は、その中から雲太らの前へ躍り出ていた。

「ほう、これは珍しい。人手はさらってでも欲しいところだ。それを四人もくれてやると言うか。村の子だな。おうおう、頭もぼさぼさで、もうわしらのようだ。まあ、ちと小さいが、もらってやるにこしたことはない」

 同じく背に獣の皮を負うと、お頭と呼ばれた男は言って、シシシ、と笑う。笑ってミノオらへ手招きした。

「ほら、ぼうっとしておらんと、こっちへこ。色々教えてやるぞ。覚えたなら、うまいもんもたらふく食わしてやるぞ」

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