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来 神 ’  作者: N.river
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昔々 の巻  2

「アザ……」

 かたちをじいっと見つめる女はよほど気になるらしい。手に取り額をこすりつけんばかりのぞき込んでゆく。

「なんともまぁ、気色の悪いアザですこと」

 拍子にヒジが瓶子を突くが、倒れた口から酒がこぼれようとも、もう女にかまう様子こそなくなっていた。

 見やって雲太は残る酒を片付けることにする。

「ずいぶん気になるようだが、それともこれをご存じか」

 たずねたその時だ。声は女の体から響いていた。

「……薬師であろう、はずもない」

 それは地を這うほども低い。

「だからしてわしは笑ったではないか」

 やはり、と雲太はカワラケを背へ投げ捨てる。瞬間がば、と女は顔を上げていた。

「けがらわしいっ。歩く鳥居か、このでくの坊っ」

 口が耳から耳まで裂けている。ぬめる奥には青い舌がのぞいていた。今や正体あらわし醜女(シコメ)となって、女は血走らせた目で雲太へ吐く。だがこれこそ待っていたものなら雲太に怯む道理はなかった。むしろにっ、と笑って醜女へ返す。

「ようよう現れたか。さて問うぞッ。あるじは獣か、この地におわす荒魂(アラミタマ)か。病の因果はこれにありと見たッ」

「はっ、邪魔立てとはこざかしい。アザもろとも、わしがさっぱり拭ってやるわっ」

 醜女はたちまち雲太の手へと食らいつく。のしかかられて雲太は転げ、積まれていた薪を崩して寝そべった。かまうことなく引き千切らんと、醜女は頭を振り唸る。払い雲太は手足をばたつかせた。できた隙間へ足をひきつけるが早いか、えいや、で醜女の腹を蹴り上げる。ぎゃん、と吹き飛んだ体は副屋の壁まで。打ち付けると、へなへな地面へ崩れ落ちていった。引き戻した雲太の手にはくっきり歯形がついている。

「ええい、まったく。和二ッ、京三ッ」

 振って紛らせ名を呼んだ。

「出ましたかっ」

 騒ぎに目を覚ましていたらしい。京三の声はもうしっかりしている。

 と暗がりにふたつ、光る目玉は浮かび上がった。

「うぬの勝手が、とおると、思ってか」

 醜女だ。放つ声は前にも増してまがまがしく、ねっとり絡んで炎をちろちろ震わせる。

()ねっ、ここはわれの(シズ)まる地なるぞっ」

 どん、と雷が鳴り響いた。光る目は、とたんするする暗がりの中を昇り始める。伴いせり出してくる何かは迫りくると、気配に押されて雲太は急ぎ土座をあとじさった。

「こいつはデカいぞッ」

 声を上げた時だ。その姿は囲炉裏の火に照らされる。蒼白く光るウロコは雲太の前をズルズル連なり横切っていた。

「蛇だッ」

 しかも蛇は雲太の胴よりはるかに太い。ままにとぐろを巻くと、せり出し囲炉裏の上へ覆いかぶさった。炎がジウ、と消える。京三が枕元にあった剣を引き寄せた。

「和二。これ、和二。起きなさい。ほら、起きないと蛇に食われますよ。というか、これでまったくよく眠れる小僧ですね」

 まだごにょごにょ寝言を言う和二の体もまた揺さぶる。だが和二が目を覚ます気配はなく、うちにも目玉は屋根を破って空へ出た。ワラが散り、組まれていた丸太に雨が副屋の中へと降ってくる。

「わあっ」

 避けて雲太と京三は身をひるがえした。前をひゅっ、とかすめたものに肩をすくめる。とたん、どうん、と震えたのは副屋の板壁で、叩きつけた蛇の尾は振り戻されるとすかさず反対側もまた叩きつけた。力はまったくもって凄まじい。食らった副屋は揺れに揺れ、透けたワラ屋根からなおさらばたばた雨粒は降る。のみならず鈍い音を立てながらだ。ゆっくりよじれるように潰れ始めた。

「雲太っ!」

 目の当たりにした京三の声は性急だ。これはいかん、と雲太も左右へ頭を振る。よれて開いた板壁の隙間を見つけるや否や、ぐうう、と睨んで肩をいからせた。

「わしに、続けッ」

 怒号にようやく和二も目を覚ましいたらしい。

「しゃんとなさいっ」

 その襟首を京三が掴み上げる。預けて雲太は地面を蹴った。板壁の隙間へ力の限り突っ込んでゆく。すでに一撃、食らっていた板壁は、雲太の勢いに木っ端微塵と砕けて散った。もろとも転げて雲太も表へ飛び出す。おっつけ剣と和二を手に、京三もひらり、抜け出した。狙い蛇も首を伸ばすが、あと少しというところで届かない。

 上へ副屋は崩れ落ちていた。

 ぬかるむ地を掴んで雲太が身を起こせば、傍らへ京三も並んで振り返ったそこから一部始終を見届けた。

「離せやいっ」

 その手元で体を振った和二が、掴まれていた手から飛び降りる。

 稲妻がまた空を裂くと、強くなった雨を照らして闇に無数の矢と浮かび上がらせた。弾き返してゆう、と蛇が副屋の中から頭を持ち上げてゆく。

「うわ。でっかいみみずだぞっ」

 指さす和二に他意はない。

「これ、あれは蛇、蛇ですよ」

 いさめる京三を雲太は笑い、そうして口に入ったドロをぺっ、と吐いた。

「蛇はわしへこの地の神と名乗りおった。見ての通りの荒魂なら、病の元で間違いなしだ。ようよう(ハラ)って鎮めるか。どうだ京三ッ」

 叩きつける雨に逆らい立ち上がれば、京三もその傍らから一歩、二歩と後じさってゆく。

「もちろんです。ところで雲太」

 握る剣を顔の前へ持ち上げ問うた。

「酒の匂いがしますが、まさか飲んでおったのですか」

 とたん、う、だか、ぐ、だか雲太喉から声がもれたことはいうまでもない。

「お前、この嵐でよく分かるな」

「あいにく雲太のせいで鍛えられましたので」

 ままに剣の上下をひっくり返した。

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