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来 神 ’  作者: N.river
19/90

たまご の巻  19

 時を同じくして雲太らがヒザを詰めていた住まいでも、ワラ屋根がザザザ、と激しい音を立てている。

「龍じゃっ」

「龍が来おったぞっ」

 震えあがった大人たちが次々声を上げていた。とたん誰もは転げるように住まいの隅へ逃げてゆく。身を寄せ合うと頭を抱え縮こまった。

 目にして雲太もただごとではないと足を解く。ついた片ヒザで息を殺し、大人たちが龍だと言う音へ今一度、耳をすませた。ならごう、と吹き付ける風やガサガサ揺れるワラ屋根の音に混じってそれは聞こえてくる。

 低い唸りだ。

 これが龍か。

「隠れておれ、見て参るッ」

 土座を蹴りつけ裸足のままだ、住まいの外へ飛び出した。とたん明るさに目の奥は縮み上がり、細めて凝らせば田畑で草花はみな強い風に吹かれ、浜へと倒れている。だからしてなぞり山へと身をひるがえした。そこに山から村までをつないで上へ下へ、右へ左へ、くねり、ふくらみ、空飛ぶ黒い龍の姿を見つける。

「なんとッ」

 うちにもスマが言うとおり、龍の腹に覆われうっすら空は陰り始めた。見上げて雲太は立ち尽くし、呼び止める声を耳にする。龍の真下だ。子供らを脇に抱えて駆け来る京三の姿はあった。

「うんにいっ。山が、山が動いたぞっ」

 ミノオと和二も連なると、教えて和二が子供らに着せる暇のなかった衣を振っている。

「龍だッ。黒い龍が田畑を荒らしておるッ」

 雲太が怒鳴り返したなら、見つめる先で京三と和二は空を仰ぐ。

 かすめて追い越す龍の腹が、二人の頭を飛び越していった。ままに雲太の上をも越えて長い体を地に触れるほど、うねらせる。うねらせぐるり、巻いたとぐろで辺り一面を一思いに飲み込んだ。

「なッ、何だ、これはぁッ」

 目の前は真っ暗闇となり、その暗がりが唸り声を上げ雲太らをなぶる。毟れてゆくワラ屋根が飛び散って、京三はそんな住まいの中へ子らをかくまおうとするが、あまりのことに動ける者など誰もいない。

 かと思えば闇は割れて日が差した。龍はほどけると自由は戻り、何がどうしたのかと投げた視線の先で、草しか生えていない田畑へ食らいつく龍の姿を目の当たりとする。飲まれた田畑は一面を黒くしていた。食まれてばりばり、音を立てる。食い尽くしたところで再び龍は舞い上がると、次を狙ってぐるり、空で円を描いた。

「違う」

 一部始終を目で追いこぼしたのは雲太だ。何しろそうして見上げた前髪に、ちょろりとそれはぶら下がっている。逃さずむんず、と掴んで下ろせば、開いた手の中からイナゴはびびび、と飛び立って行った。

「……虫だ、イナゴの群れが田畑を食い荒らしておるぞッ」

「イ、イナゴですとっ?」

 聞きつけた京三が肩を並べる。子供らを住まいへかくまった和二もそこへ加わった。

「イナゴなら食えるぞっ!」

「何を、あんなに食えばイナゴでも腹をこわしますよ」

 返したそのあとぞわわ、と京三は身を震わせる。どうやら龍に飲まれたとき入ったらしい。懐からイナゴを一匹、二匹と放り出した。

「ああ、気色悪い。体中がかゆくなってきました。どうしますか。イナゴの群れに荒魂が絡んでおることは間違いなしです。ですが払ったところでこれはただのイナゴ。因果を切らねば荒魂は、また別の群れを遣わせることでしょう」

 と、そこらじゅうを掻きむしり始めた京三の背へ、和二も手を伸ばす。

「お、けいにい、ここにもついておるぞ」

「ぎゃ」

 差し出された京三は飛び上がっていた。

「だがこのまま黙って見ておれるわけがあるまいッ」

 言う雲太の目は先ほどから龍を、いやイナゴの群れが作る黒い帯を睨みつけている。

「あれだッ」

 見定めたところへ指を突き付けた。

「あれが群れを率いておるぞッ」

 それはイナゴの群れの先頭だ。ほかと違い、赤茶色の虫が群れを成し飛んでいる。イナゴはその前へ出ようとせず、後に続くとそうして龍は出来上がっていた。

「因果のことは後回しだ。ひとまずこれを退治る。そのためにもあの首群れを落とすと決めたッ。よいな、京三ッ」

「い、致し方ありません。虫が相手などと気乗りはしませんが、あいまみえるほかないでしょうっ」

 むむむ、と唸った京三の手が腰の剣へかけられる。掴み、一歩、下がったところで引き抜けば、イナゴはそこからもぽとぽと、落ちた。

「ぎゃああっ」

 布を引き抜くより先だ。嫌って京三は剣を振りに振る。騒がしさにイナゴの群れも、舞い上がっていた空で向きを変える。雲太らを見定めたなら、黒い腹を広げてみせた。そんな龍に再び飲み込まれてしまえばワラ屋根は、今度こそ食い潰されてしまうだろう。

「和二、ここを離れるぞッ」

「がってんっ」

 和二もろとも、雲太は田畑へ身を躍らせる。

「ええ、ええ、なるべく離れたところでお願いしますよ」

 イナゴを払い終えた京三も、シュルル、と柄頭から布を引き抜いた。中で鈴は落ち、跳ね上げてジャン、ジャン、ジャン。きっかり三度、剣を振る。

 耳にして田畑のただ中、雲太と和二は広げた両足で、しっかと地をつかむと立ち止まった。垂れた頭で思いの限り、パン、とひとつ手を打ち合わせる。

 後の静寂はいっときだ。

 次の瞬間、地から湿り気は浮かび上がり、雲太らの周りでじゅと滅した。

 入れ替わりと合わせた手に光は宿り、そこから遠く高天原の風を吹かせる。ずんと重みもまたのしかけた。

 堪えて踏ん張った足が草の上を滑る。踏みなおして雲太はゆっくり、打ち付けた手を開いた。なら井げたと組まれた手のアザから、いや鳥居からだ。「結び」の塩はぷつぷつ噴いて、みる間にカタチを結んでゆく。ブルン、と荒い息を吐き出すそれは和二の方が口を開いた「()」で、雲太の方が閉じた 「吽薪(ウン)」だ。見上げるほども大きな獅子頭は、炎とたてがみをなびかせ現れた。

「ん、護りの番とッ?」

 確かに、獅子と言えば天津神と神域の守り神だ。和二でも出せるしもべである。

「うんにいは体を拭いてないぞっ。穢れておるから嫌われたぞっ」

 教えられて雲太はミノオの父の骸に出くわしてからというもの、黄泉の穢れを拭っていないことに気づく。

「これはぬかったッ」

 うちにも鋭い爪を並べ太い前足が、雲太の手から抜け出していった。和二の手からもずるずると、獅子は体を引き抜いてゆく。

 様子に首群れがうごめき空で頭を持ち上げていた。

 否や雲太と和二めざし、一直線と空を駆けくだる。

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