たまご の巻 17
風のような動きもさながら、しっかり肉のついた体の雲太に大人たちはおののいた様子だ。いっせいに後じさると見据えて誰もがぐっと身も低く構えてみせる。
「うるさい、あんたらが餓鬼らの新しい親だなっ」
言うその顔に、雲太は覚えがあった。眉を寄せ、思い出すと跳ね上げる。
「おぬしは、先ほど様子をうかがっておった者だな」
間違いない。草の影からのぞいていた禿げ頭と目の前のそれは同じだ。どうやら呼びかけに答えず去ったその足で、こうしてほかを呼び集めに向かったらしい。
京三もそんな雲太の隣に並ぶ。大人たちへとくまなく鋭い眼差しを這わせていった。
「ほう。ハルカ彦のことで訪ねて来たと言いおったが、粥まで炊いて餓鬼を食わすというのなら、今日からお前らが餓鬼らの親だ。いいか、この餓鬼はさんざんわしらの元から菜をくすねた盗人よ。親ならその責任を取れ。盗人に食わす分があるのなら、今すぐわしらの菜を返せ!」
どうやらハルカ彦とはミノオの父の名らしく、続けさまに、そうだ、そうだ、と声は上がった。勢いに思わず雲太は怯み、助けて京三が伸び上がってみせる。
「お静かにっ。粥はこの子らがあまりに腹を空かせていたため、わたしたちの分を分け与えたまで。わたしたちは旅の途中の身ゆえ、迫られたところで分けて返すような菜など持ち合わせてはおりません」
「そうだ。ミノオの親を訪ねて参ったのも、浜で亀の卵をあさっておるところを見かけてのこと。親のことで困っておると聞いたため道すがら放っておけぬと立ち寄った。だが人の物を盗ったことはいかん。わしがこの子らの親に代わって謝ろう。二度とせんよう子らにも言ってきかせる」
遅れて雲太も言葉を連ね、つぐんだ口で頭を下げた。下げたそこから、わかったな、とミノオへ目配もまた送る。
「だが、この子らの親が亡くなったことは知っておったはずだ。だというのになぜ助けてやらなんだ。だからして畑の物を盗むようになったのではないのか。そちらにも因果の端はあるぞ。むげに子供ばかり責めるは弱い者イジメだと思われるッ」
すると大人たちは次々と、禿げ頭の周りで拳を振り上げていった。
「強いも、弱いもあるかっ。もう何年も思うように田畑は進まんと、誰もかれも、この辺りのもんはみな食うもんに困っとるわっ」
「よその面倒など見る余裕なんかねぇ」
「だのにその餓鬼は自分の腹がすいたからと言って、ようやく出来た根も実も、小さいうちから取りくさって畑を荒らす。よけい採れる物も採れんわ」
「性悪な餓鬼じゃ。懲らしめろっ」
上がる声を追えば雲太の目は右へ左へ揺れ、きっかけにまた返せ、返せ、の声は大きくなった。
晒されミノオが歯を食いしばる。兄弟をつかんで引き寄せると、もう片方の手で雲太の袴もまたぎゅう、と握りしめた。気づき雲太が見下ろせば、すまなさげと見上げたミノオの目と目は確かに合う。
そんなミノオの背で、子供は再び泣きだしていた。つられて和二の背でも末っ子がむずかりだす。辺りはもう大人の罵る声と子らの泣き声に埋め尽くされ、だからこそ落ち着くように、と腕を広げた京三もまた大人たちとせり合う声を響かせあった。
「おいらが、悪い」
囲まれミノオがこぼす。うつむくと、なおさらぎゅっと雲太の袴を握りしめた。
その力はぞわぞわと、袂を伝って雲太の中を駆け抜けてゆく。打たれたようなそれは痛みにそっくりで、感じ取ったならもう、じっとなどはしおれなくなっていた。雲太はがば、と顔を上げる。
「子らのせいではないぞッ」
声はここにいる誰よりも大きいものだった。
「ミノオの父が死んだのも、ミノオが盗みを働いたのも、そなたらが飢えて苦しんでおるのも、何もかも食い物がとれんことが悪いのだッ」
袴からミノオの手をほどく。前で両腕を広げる京三を押しのけ、大人たちの前へと出ていった。
「わしらはこの国のため、国造りに励まれておるとある御仁に会い、護るべく魂へ詣でる途中の者である。先ほども申した通り、だからして子らの過ちを埋めて分け与えるようなものは持ち合わせておらん。だが話を聞こう。聞いて御仁へ残らず伝えよう。出来ることがあるなら、ここで力にもなる。ただこのまま子を責めたところで気は満たされても、そなたらの腹が膨れることはないぞッ。それともそれが本望かッ」
かっと両眼を開けば気圧されて、大人たちはようやく口を閉ざしてゆく。
「そもそも言い分が本当であればおかしなことだ。なぜこれほどまでに緑は茂っておるのに田畑は成さん。わけが知りたい」
問う雲太に、むむむ、と禿げ頭が唸ってみせた。目をあらため雲太へ持ち上げる。
「しょせん口約束だろうて。だが聞きたいと言うなら聞かせてやる」