たまご の巻 16
「手が痛い。ほかに言いようがあったものを、それほど強く打ってしまった」
呟いたアゴを京三へ持ち上げる。そこにらしくない笑みを浮かべてみせた。
さて足元はどこからが田でどこからがあぜなのか区別がつかない。それでも見極め京三はえい、と飛び降りた。草がザッと音を立てて折れ、慌てふためき虫が逃げ出していったところへ腰を下ろす。
「あの子に言ってきかせるには、それだけの力が必要でした。わたしにはとうてい……、足がすくんでしまっておりましたから」
「子らは、どうしておる」
たずねた雲太は、見つめ続けた手を頭の下へとおさめていた。
「はい、粥を炊いて分け与えました。ちょうど食べ終えたところです。今は和二が相手を。子供は子供同士がよいようですよ。ミノオも和二となら話しておりますし。おかげで母もおらんということがわかりました」
「……立ち去る前に、何とかしてやらんといかんな」
言ってはみるが、言い出すまでいくらかあったように、それはおそらく容易ではない。
「ええ、あの骸も放っておくわけにはゆきません」
だとして迷わず京三も返す。腰に差していた剣を抜き取ると、施された銀細工へ目を這わせていった。
「四人も子を残して去ったとなれば、さぞ無念であったことでしょう。あのようでは産土神に導かれ、無事、穢れを祓えたかどうかも心配です。さ迷い、祟神になってしまわぬよう弔っておかねば」
気を入れかえて腰へと差し戻し、その眼差しを雲太へと向けた。
「漕ぎ手の話、耳にしておいてよかったようです。わたしたちはそのために命を授かりましたが、実のところ何も知ってはおりませんでした」
雲太はといえば、浜へ流れゆく雲を仰いだままだ。
「嫌われた浜へ卵を生まねばならん亀も、可愛そうなものだな」
視線を、ようやく京三へ投げる。
「ともかく今日は子らの体を拭って、明日、父の骸を弔おう。子らを頼めるか」
さかいに声へ芯は戻り、耳にした京三も頬へいつもの笑みを浮かべてみせた。
「はい」
ならば、と雲太は頭の後ろにあった腕を振り上げ、寝そべっていたそこからひと思いと立ち上がる。
「わしはその間に足をのばして、子らを預かってくれるところがないか探してくる」
「ですが先ほどの様子が気になります。わたしたちの呼びかけには答えてくれませんでした」
それは住まいへ向かう途中、見つけて雲太が手を振った人影のことだ。
「なに、見知らぬ人がうろついておるから怪しんでおったのだろう。大丈夫だ」
あぜへ足を掛け、遠くに並ぶ住まいを雲太は見やる。
「でしたら、雲太」
横顔へと京三は言った。
「万が一にもよばれた先で酒など出されても口をつけぬように」
おかげで雲太の足もあぜから滑る。
「ゆ、油断もスキもない奴だな」
「は、どちらがですか。立ち寄った先々で裸踊りの噂など残したくありませんから」
と、その時だ。雲太の大きな体を目指し、駆け来る人影は現れる。和二だ。背には手をつないでいたあの末っ子をおぶっていた。
「うんにい、けいにいっ、大変だぞっ! 早くうちまで戻って来いっ!」
素っ頓狂と顔を見合わせた雲太と京三は、やがてたどり着いた和二から起きた事を聞かされる。
「さんざん人様のものを盗んでおいて、自分らはとんといいモンを食っておるときたっ」
取りあげたナベをのぞき込み、男はぽい、と投げ捨てた。
「誰ぞ、お前らにようしてくれる人ができたんかっ」
隣で別の男も乾いた口を歪める。
「お前らだけのうのうと食う気じゃあるまいの。だったら、わしらから盗んだ分を今すぐ返せ」
さらに別のところからも声は上がると、肩をいからせた大人たちは粥の後片付けを進めていたミノオらを取り囲んでいった。誰もは見るからに貧しく、満足に食っていないだろう身はやせ細っている。そのため駆けずり回った衣は見るかげもなくほころび、瞳だけを食い物への執念にギラギラ光らせていた。ミノオらはそんな大人たちを前に身を寄せ合うと、ひと塊になりただ後じさる。
「こら、返さねえつもりなら、ひどい目に合わすぞ」
ついにかまどの隅でうずくまっていた子供の片われが泣き出した。甲高いそれはたちまち大人たちのすきっ腹に響いて、泣いてすむか、となおさら癇癪を起させる。
「ええい、うるさい餓鬼めっ」
黙らせ一人が胸倉へとつかみかかった。なら守ってミノオもその腕へしがみつく。離さなければ大人はミノオを引きずり回し、それこそミノオがあらがえばたちまち双方はもみ合い、と言ってもそれは一方的なもみ合いだが、となった。
血相をかえた雲太らが駆け戻ってきたのはその時だ。目にした光景にこれはいかん、と雲太は声を大きくする。
「まてぇーいッ」
双方の間へ身を飛び込ませると、ミノオから大人の手を切って払い対峙した。
「子供相手に大人が大勢で、これはいったい何事だッ」