たまご の巻 13
翌朝、目覚めてこのうえない天気にも恵まれると、三人は心弾むまま出立の支度を済ませてゆく。
「出雲まではまだずいぶんあります。三輪の山へ祀る神もまだどこにいるのやら。さあ、昨日の亀の頑張りを見習って、わたしたちも先を急ぎましょう」
「出雲の国はこの先の山を越えたそのまだ向こうか」
促す京三に、海を見ていた雲太もその目をぐるんと返して彼方をとらえた。
「そうです。越えた向こう側にある海の近くになります」
「おいらは亀の子が孵るところを見たかったぞ」
浮かぬ顔でおるのは和二だけだ。
「それでは何日もここで過ごさねばならないでしょう。だからといって出雲まで行って間に合うように戻るなど、ことさら無理というものです」
「その分、昨日、わしらは念を込めたではないか。心配せずともちゃんと殻から出て、子亀らは海へ帰るはずだ」
雲太も言ってなだめるが、すぐにもなにをや考え眉を詰めていった。開いてニマ、と和二へ笑いかける。
「だが発つ前にもう一度、見にゆくかッ」
たちまち和二が歓声を上げたことは言うまでもない。いの一番に、跳ねて松の方へと駆け出していった。
「寄ったりなどしたら、また孵るまで動かないと言い出すやもしれませんよ」
後ろ姿を見送る京三は渋い顔だ。
「いやなに、わしも最後に見ておきたかったものだからな。つい」
失敗だったか、と雲太はしばし頭をかくが、どうやら京三にも身に覚えはあったらしい。
「仕方ありませんね。なにしろわたしも同じことを考えておりましたから」
向けられた顔へ、なるほどそうか、と雲太は頬を持ち上げる。わしらも行くか、で昨日の場所へと向かうことにしたのだった。
昇った日のせいか、そんな辺りはずいぶん様子が違って見えている。ゆえに和二は見当違いの方向へ行ってしまったらしい。
「おうい、こっちだぞ」
雲太は、昨日と同じ手触りの幹へ寄り添い呼び寄せた。ままに、そうっと向こう側をのぞき込んでゆく。とたん声を上げていた。
「こらッ。そこで何をしておるッ」
なにしろ海亀が苦心して掘った穴は無残にも掘り返されると、その傍らに男子は一人、うずくまっている。うずくまってまくしあげた衣の裾へ、せっせと卵を拾い上げていた。はっ、と振り返った顔は和二と同じ年頃か。日に焼けているのか汚れているのか頬はずず黒く、髪も伸び放題と結っていない。よほど暴れん坊なのだろう。ほつれの目立つ衣は色さえもう曖昧で、のぞき込んだ京三もこのありさまには肩を落としてしまっていた。
「ああ、なんてことを」
そこへ和二も戻ってきたのだから一大事となる。
「大事な卵がぁっ。さてはお前、盗人だなぁっ。盗人は母亀に代わっておいらが許さんぞっ」
拳は振り上がり、前にして卵を抱えた男子も屈み込んだままであとじさる。
「いやだ。これはおいらの卵だ。持って帰って、食うぞ」
言いように、三人はなおさら驚いてしまっていた。
「それはいかん。母亀が泣いて生んだ卵だぞ。食うなど、かわいそうでならん。わっぱ、今すぐ戻せッ」
「そうですよ。おやめなさい」
「戻さないなら、おいらが殴るぞっ」
飛び出した和二の襟首を、雲太は掴んで引き止める。
「ああ、待て待て」
おかげで和二の拳は空を切り、前にしたところで瞬きもせず男子はただ声を振り絞ると言っていた。
「ならお前らは、おいらのおとうを喋れるようにしてくれるのかっ。また喋れるように、してくれるのかっ!」
和二はもとより、雲太に京三ですら呆気にとられてしまったことは言うまでもない。
「な、なんだ」
我を取り戻して雲太は京三へ尋ねるが、経緯を知らぬのは京三も同じだろう。ひとつ息を吐き出した京三が男子の前に腰を落とす。