たまご の巻 12
ということで雲太は薪を拾い集める。あいま、流れくる川を見つけて水を都合し、浜のよきところへかまどを作った。
そんなこんなで雲太が行ったり来たりを繰り返している間も、波打ち際でくつろぐ和二と京三は呑気なものだ。昇りはじめた月を眺めては星を数え、絶えず笑い声を上げている。その声でかいがいしく働く雲太の頭を突っついて回ると、夕げの支度を急がせた。だが一人というのがいかん。日はみるみるうちに松の中をすり抜けて、丘の向こうへ落ちてしまう。
「これは早く火を起こさんと」
呟き雲太は薪を抱え、また松の間からかまどを目指した。ざざ、という音は、そのとき思いがけぬ方向から聞こえている。波と異なりその音は、ずいぶん近からのようでもあった。
誰もいないと思っていただけに雲太はひどく驚かされ、何だろうと抜け出してきたばかりの松の間へ目を寄せる。ざざ、とまたもやそこで音が鳴ったなら、小道から人が降りて来たのかと寄せた目を細めていった。
「誰か、おるのか」
呼びかける。だが返されたのは、ざざ、と鳴る音だけで声はしない。
放って離れ、炊いた粥をうまいと食うには無理があった。雲太はごくり、息をのむ。足元を確かめながらだ。音へ半歩、一歩、と近づいていった。
「おるなら返事をしてもらえんか。わしは雲太という者だ。わけあってオノコロから渡ってきた。今夜ここで宿を取り、明日、出雲へ向かうつもりでおる。けっして怪しい者ではない」
松の幹に手を添わせる。音はもうそこだ。押しやって、そうっと向こうへ顔をのぞかせていった。たちまち、あっ、と息をのむ。
のちに波打ち際へ戻ってきた雲太は、せっかく拾い集めた薪の半分を浜へばら撒いているようなありさまだった。それほどまでに慌てる理由を京三が問いただせば、雲太はとにかく来い、と誘って止まない。待ちくたびれ腹もそれなりにすいている。だが行かねば夕げの支度も進みそうにない。雲太の撒き散らした薪を拾いながら、和二もろとも指し示す方へと向かっていった。
「ああ、ああ、これではいつになったら食べられるのやら」
「しっ。静かにしろ。もう近い」
こぼす京三へ、腰を低くした雲太が振り返る。
「なんなのだ。うんにい」
「見れば分かる。いいか、そうっと、そうっとだぞ」
雲太は傍らにあった和二の体を前へ押しやった。先ほどの松を前に立ち止まると、まずは自分が手本を見せてそっと顔をのぞかせる。おっつけ和二へ真似るように合図した。ならってのぞきこんだ和二はとたん、体を跳ね上げる。
「おっ、これはすごいぞっ!」
「このことでしたか」
京三も、おっつけ二人の背から頭を突き出しこぼしていた。
亀だ。三人の前には一匹の大きな亀がいる。手足が櫂のような形をした、昼間、海で出会ったのと同じ姿の海亀だった。その海亀は砂の上でゆったりと、しかしながら懸命に、後ろ足でバサリバサリと砂をかいている。
「何をしているのだ」
様子に和二が口をすぼめていた。
「亀は卵を生みに来ているのですよ」
京三が返せば、へえ、と間の抜けた声を出す。
前で海亀は掘った穴が満足ゆく深さになったことを確かめると、なるほど京三が言ったとおりだ。尻からぽと、ぽと、と卵を落とし始めた。真っ白で薄く透けた卵は見るからに柔らかそうな殻をまとうと、穴の中へ積み上がってゆく。
と、そのことに気づいたのは、まったくもって三人が同じだった。
「うんにい、けいにい、亀が、亀が泣いているぞ」
確かに海亀は頬に貼りついた砂を押し流してまで、さめざめと黒く大きな瞳から涙をこぼしている。
「悲しいのか。それとも痛いからか?」
再び和二が雲太を見上げていた。
「うむぅ、わしは亀ではないからな。卵も生んだことがないので、よくわからんが……」
「痛むんなら、おいらがさすってやってもいいぞ」
口ごもる雲太の足元からたまらず和二は飛び出してゆく。背を、これ、といさめたのは、やはりここでも京三だった。
「それは余計なお世話というものですよ、和二。あれは生みの苦しみというものです。親はそうして生まれてくる子へ、必ず念を込めるのです。込めてこの世で子が成すことを、しかと定めておるところなのです」
「ならなんと念を込めておるのか、けいにいは分かるのか」
詰め寄る和二はどこか疑っているようで、京三はしばし思い巡らせ口を結んだ。そうして和二へと語ってみせる。
「そうですね。これだけの涙から生まれてきておるのですから、子亀らの悲しみは使い果たされたも同然でしょう。ならばこの世にもう、子亀らの悲しみはありません。あとは幸せになるのみ。それがこの世で子亀らが成すべきことです。母亀はあれほど泣いて、子らにそう念を込めておるのです。生まれてきたなら何者とて、こうして成すべき行いは、使命は、定められるのです」
その通りだと、聞いて雲太もうなずき返す。
「わしらも同じだ。成すべきことを持ち、ここにおる」
「その大事な業の途中です。邪魔して子亀の定めを変えてはなりませんよ、和二」
得心いったか、それきり和二は乗り出していた身を下げていった。
経て目にした一部始終は、それこそ今、猪が山を駆け下りて来たならどうなることかと思わずにおれない危うさと、しかしながら太古から繰り返されてきたならわしの力強さに満ちる。神々しくさえ感じて三人は、心を揺さぶられるままただ見入った。その後もずいぶん時間をかけて、海亀が全ての卵を産み落とすまでを見守り続ける。
おかげで夕げを取ったのは誰ものまぶたが半分落ちかかった真夜中となっていた。だが気持ちはひどく高揚しており、水と塩で炊いただけのいつもの粥は雲太が言った通り、一味違うものとなっていた。