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来 神 ’  作者: N.river
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たまご の巻  11

「うんにい、けいにいっ、冷たいぞ!」

 果たして船から一番に和二が降りる。ひざ下でしぼったくくり袴を目いっぱいにたくし上げ、寄せる波と戯れた。その声にも急に現れた足にも驚いて、船底に集まっていた小魚たちはさっ、と身をひるがえしては散って集まるを繰り返している。様子は実に軽やかで、のぞき込んで雲太と京三も恐る恐る船から降りた。スネのあたりでちゃぷん、と跳ねる水の冷たさに驚かされる。

「本当に。これは気持ちがいいですね」

「おお、たまらんな」

 浅瀬に辿り着いて船の揺れも小さくなったせいだろう、酔いも醒めた雲太は、船の酔いもまたおさまるといくぶん前から元通りだ。だからしてしばらくの間、三人そろって海の触り心地を楽しむ。やがて柔らかく足裏を押し返す砂にさえ慣れたところで、微笑ましく眺めていた漕ぎ手らへと向きなおった。

「いや、これは遠いところまで世話になった」

「なんの、浜のきわまでお運びできませんで申し訳ないことです」

 言う雲太へ、櫓を交代した行きの漕ぎ手がざぶん、と海の中へ飛び降りる。舳先をとらえて沖へ押す姿は慣れたもので、船をオノコロ島へと向けなおしていった。

「しかし今から帰るとなれば、途中で夜になってしまうのではないか?」

 日はすでに肩のあたりで輝いている。だが雲太と違い、漕ぎ手らに慌てたような素振りこそない。

「心配には及びません。この穏やかさなら船もひっくり返りはせんでしょうし、暗くなったところで晴れておれば星が村まで案内してくれます」

 教えた行の漕ぎ手が、すっかり前と後ろの入れ替わった船へひょい、と身を持ち上げる。

「そちらこそ、この先、気をつけなされ」

 帰りの漕ぎ手が口添えていた。

 ようよう達者で。

 櫓は再び水をかく。船はその足元にうずくまった行きの漕ぎ手もろとも、右へ左へ揺れながら、少しずつ彼方へ小さくなっていった。

 雲太らはしばらくのあいだ見送り続け、波をかく櫓の軋みが聞こえなくなったところで恐らく二度と会うことはないだろう別れがすまされたことに気づかされる。だからして、ようし、で浜へと振り返りもしていた。

「空が赤くなる前に、わしらも浜までたどり着かねばならんぞ。そら、浜までかけっこだッ。最後になった者が夕げの支度番と言いつけるッ」

 否やだっ、と走り出したのは雲太だ。様子に、ええっ、と声を上げたのは和二で、たちまち、ずるいぞ、と追いかけ後を追いかけた。だが同じに、わーっ、と駆け出せないのが京三であろう。

「これこれ、よしなさい二人とも。波に足を取られて転びますよ」

 言うが二人はどんどん小さくなってゆく。取り残されて心細くなり、やはり遅れて駆け出していた。

「……ま、待ちなさぁいっ、二人ともぉっ!」

 抜きつ抜かれつ、浜へ三人がたどり着いたのはもう、浜に沿って生える松の向こうに日がかかる頃だ。

 こんなことならゆっくり歩いて、いつもと変わらぬ夕げの支度をした方がよほど楽だった。過らせつつ倒れ込んだ浜はしかし、きめ細やかな砂が人肌ほどに温かく、冷まして打ち寄せる波の音も穏やかそのもの、心地が良かった。そこに残りわずかな日は散ると、無邪気そのものはしゃいでもいる。なぞり生える松の向こうは小高い丘だ。生えそろった下草が海からの風に揺れ、合間に小道をのぞかせていた。

「どうやら辺りには人がおるようだな。これでは猪など出そうにないぞ」

 見やって雲太は水の滴る身を起こしてゆく。そう、そんな雲太だけがズブ濡れだった。わけはない。京三が心配したとおり波に足を取られ転んだのである。なら浅瀬でじたばた溺れかけていた雲太を踏んで和二は追い抜き、京三もその頭を飛び越えていた。つまり夕げの支度はといえば、言い出した雲太の役割に決まったところでもあった。

「まったく、不吉などと何かの言い違いではなかったのでしょうか」

 うーん、と京三が背伸びする。

「ということで、今日はこの浜で夕げを取るということに間違いはありませんね、雲太」

 ゆるめて満面の笑みを向けた。

「うむ。もう日が暮れる。ウロウロしても始まらんからな。今日はここで眠って、明日、出雲へ向かうことにしよう」

「なら、わたしたちはここでゆっくり夕げの支度がととのうのを待つことにいたしましょうね、和二」

 結局、濡らしてしまったらしい。くくり袴の裾を絞る和二へ京三は呼びかける。

「ああ、誰かさんのおかげで助かった、助かった」

 放つ高笑いはわざとらしいことこの上ない。横目に見て取り、雲太はむすっ、と頬を膨らませる。

「そうとも、今宵の夕げは一味違うと覚悟しておれッ」

 なら浜のどこかで、かあ、と(カラス)の鳴く声は聞こえていた。

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