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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぞっこん

題名と粗筋に騙されてくれたら、大変嬉しいです。


 序


 俺の友達の宏尚の話しなんだが。

 恋は盲目になるってのは、本当だった。


 ある日の昼休みに、会社の屋上でヤツは煙草を吹かしながら俺にこう語りかけてきた。

「俺さ、黙ってたけれど、最近同棲してんだ」

 と、自慢げに。

 そのときの目線は俺ではなく、空虚を一点に。へえ、どんな相手だよ、と冷やかしを含めてたずねてみたら、次のように返してきた。

「イカした女だぜ。―――手足が長くて、背が高くて痩せ気味で色白で、ちょっと黒目がちなアーモンド型の眼をした狐顔で、普通の人よりも犬歯がちょっと発達している女さ」

「へへえ、そりゃあイイ女っぽいな。―――その犬歯って、八重歯なのか」

 こう聞き返したときに宏尚のヤツは、躰ごと俺に振り向いて口の端を歪めた。

「八重歯ってそんな代物どころじゃねえさ。牙だよ、牙」

 このときの笑顔ったら。

 もう―――――。

 このときの俺は、宏尚の告白を聞いた時点では、ただの“おのろけ”自慢だなと、半分聞き流していた。


 次の日。

 昼休みに、同じく二人で屋上で煙草を吹かしていたら、再び宏尚の彼女語りが始まってきた。ヤツはいきなり“おもむろに”上着のシャツを捲り上げると、俺に背中を見せつけてきたんだ。これにはちょっと息を飲んだよ。その理由は、ヤツのその背中には、幾つもの赤い線がランダムに走っていたからだ。傷は浅い感じ。しかし、その走り方には疑問を持った。

 縦横無尽に背中を引っ掻き回している傷口だった。“彼女”の手足は長いと云っていたが、これはちょっと常人離れしている印象がある。

「けっこう激しいだろ」

 と、後ろを向けたまま切り出した宏尚。まあ、確かに“激しい彼女”だわな。

「上に乗っかってくるから、力ずくで押さえつけて入れ替わったときにさ、アイツ、俺の背中に爪を立てやがったんだよ」

 ほうほう。

 激しい営みの自慢ですかい。

 上になったり下になったり。

 さぞかしお忙しいだろうね。

 そして、ヤツは最後に。

「たまんねえ。こんな充実した毎日は初めてだよ」

 そう虚空を見上げながら、吐息混じりに感嘆を漏らした。




 破


 その次の日。

 いつものように俺たちは屋上で昼休みを過ごしながら、噂の“彼女”の話題をしていた。

 気になっていた、その“彼女”との馴れ初めを訊いてみた。すると、ちょっと考え込んだ顔を浮かべたのちに、爽やかな笑みを向けてこう語ってきた。

「ある晩、窓ガラスを突き破って俺のマンションに転がり込んできたんだよ」

「押し掛け女房かよ」

「うーん、どうだろう。ちょっと違う。―――まあ、最初は俺の話す言葉も通じなくて困ったよ。“彼女”パニック状態だったものだから、暴れてわめいているところをなんとか押さえ込んで、なだめて、ジェスチャー交えて必死に説得したら、静かになったかな」

「え? 日本人じゃねえんだ……?」

「まあな。でも、今はだいぶん言葉が通じるようになったし、アイツからも喋るようになったし、楽しいよ。―――まだまだ片言だけれどな」

 こう語ったあとに、シャツをずらして肩を見せると。

「昨日の晩さ、じゃれあっていたら噛まれたんだよ。―――すげえ女だろう」

 そう見せてくれた傷に、俺は異様な印象を持った。なんとその傷口に並ぶ歯型が、上下ともに二列ずつだったからだ。


 そして、その翌日。

 宏尚は無断欠勤をした。

 初めてのことだったから、俺たちの通っている会社の部署では、ちょっと話題になった。そんな部署の社員をよそに、俺はなんとなくだが思い当たっていた。それは、噂の“彼女”のこと。ヤツの自慢する“彼女”って、いったいどんな“彼女”なんだろうか。

 しかし、このときの俺は、たいして深くは考えてもおらず、ただたんに“彼女”の我が儘にヤツが無理やり付き合わされたのだろう、というていどに判断していたのだが。


 それから更に三日が経ち。

 宏尚は会社に姿を見せることもなく、俺はおろか、ご両親にさえも連絡してこなかった。

 俺は思った。

 これはひょっとして、逃避行か。




 急


 それは違っていた。

 あれから一週間が過ぎて。


 朝。

『昨晩、深夜に、会社員の瀬田宏尚さん26歳の遺体がマンション内で発見されました。―――住民による異臭の苦情によって、駆けつけた警察官に発見されたもようです。―――遺体の状況は、顔に至るまでに肉を剥ぎ取られて、ほどほど白骨が見えていた姿でした』

 え? え? なになに?

 あんたなに云ってんの?

 と、ニュース速報を読み上げてゆく美しい女子アナウンサーに突っ込んでいく俺だった。なにか、あまりにも唐突すぎて把握できない。それから、このクールビューティーは、淡々と事件の内容を読み続けていく。

『事件の現場には、被害者のでつけられた血の足跡と思われる、容疑者の物がいくつもありました。それは、普通の人よりも長めな足の指をしており、その歩幅から推測される身長は180センチ前後と思われます。―――いまだに容疑者は逃走中で捕まっていませんので、近隣住民の方々や、その周辺の町の方々は、しっかりと戸締まりをお願いします』

 ええ!! 俺、宏尚の隣町だったよ。

 嘘だろう。今から会社に行くのに、そりゃあないぜ。

 突然、部屋の窓ガラスを突き破って、飛び込んできた者がいた。

 それは。

 高い身長に長い手足。

 血管が透けるほどに色白く。

 痩せ気味というか痩せ型で。

 黒目がちなアーモンド型の両眼。

 狐顔と云われれば狐顔だが。

 気持ち長めな手足の指には鋭い爪。

 そして、異様に発達した犬歯。

 なるほど、八重歯どころじゃねえ。

 牙だ。内側に緩く歪曲した牙が二列。

 下顎には、滴り落ちていく宏尚の血。

 その噂の“彼女”が、俺に、黒曜石のような眼を向けていき、薄い口を釣り上げたのちに、牙をちらつかせながら動かしていった。

「ヒ、ヒひヒろヒロ宏尚ノ……トも、トモダチだ……な」

 本当に、喋りやがったよ。

 片言だけれど。


 このとき、俺は生まれてはじめての死を覚悟した。


 “彼女”は小さく笑いながら、その返り血を浴びた躰を向けたあとに膝を折っていき、俺という獲物にへと飛びかかる体勢を整えていく。

 そして、跳ね上がったその瞬間。

 部屋の壁を突き破って現れてきた閃光によって、押しやらた“彼女”はリビングを突き抜けると、寝室で爆発音を鳴らして砕け散った。

 いったい全体なにごとかと思って、しばらく呆然としていた意識を引き戻して立ち上がり、その寝室に向かってみれば、部屋中は赤黒い液体でアクティブペイントされていた。尋常ではない悪臭に、しかめっ面になって口元と鼻を押さえた。なにかこう、鉄とは違っていたな。

 すると、そうこうしていると、いつの間にか武装した隊員たちが部屋に駆け込んでくるなりに、お怪我はありませんかとたずねて俺の無事を確かめたのちに、隊長と思われる男が、こう手短に。

「私は地球防衛軍の者です。最近、地球に逃亡してきた異星人の犯罪者が年々急増しているので、なにか怪しいのを目撃しだいに我々に御一報をください。では、失礼します」

 と、颯爽と去っていった。


 ありがとう、地球防衛軍!!

 君たちのことは忘れない!!

 そして、これからもよろしくお願いします。




『ぞっこん』完結。




最後まで、このような書き物にお付き合いしていただき、ありがとうございます。


やっぱり相変わらずの書き物でした。

次も何かあるはずなので、その際には、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつもの異次元に昇天していくかのような文体がなりを潜め、きわめてスタンダードな文体と展開。あ、あれ、これふつーに面白いぞ、と思ったのも束の間。騙されました。展開はいつものサンソン節。思わず笑…
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