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双子  作者: 白熊猫犬
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 双子なんてそう珍しい存在でもない。世界に双子なんていくらでもいるだろうし、だから時々は双子に出くわすこともある。そう、決して珍しいことではない。

 しかし、と僕は思う。そのいくらでもいる双子の中で、自分が双子であることを忌み嫌っている者はどれ程いるだろう。そんな人間は、珍しいのだろうか。双子が二組在籍しているこのクラスと、どちらが珍しいのだろうか。


 僕たち一年A組は、少しの間学校全体の注目の的となった。同学年はまだしも、上級生すら廊下から僕らの教室を覗いているようだった。

 双子がいるんだってな。それも二組だってよ。何だよそれ。何でも一年生らしいぜ。どこのクラスなんだろう。ちょっと見に行ってみるか。片方は男で片方は女なんだって。それって男と女の双子ってことなの。違う違う、男の双子と女の双子がそれぞれいるってこと。へえ、凄いね。付き合ったりしたら面白いかも。それで彼氏彼女が時々入れ替わったりしてな。もう、下品なんだから。

 四人に向けられる視線は、これまで僕が感じてきたものの比ではなかった。学校のどこに行っても気が休まることはなく、僕が通りすぎた後にひそひそとした話し声が聞こえたりもして、僕はその度にそそくさと逃げ出すように走り去るのだった。


 まことと一ノ瀬姉妹は、特に気にもしていないようだった。まことはこれまで以上に嬉しそうで、満足そうで、愉快そうだった。一ノ瀬姉妹も、特別思うところもないように澄ました顔をしていた。僕だけがひきつった笑顔をどうにか作ってやり過ごしているようだった。僕は内向的で、あまり強くものを言うような人間ではなかったから、ただ耐えることしか出来なかった。

 当然と言うべきか、愚かしいことにと言うべきか、僕たち四人が何も反論しないことを肯定と判断した生徒たちは、より大袈裟に、よりあからさまに僕たちを見世物にしようと画策した。つまり、双子同士が恋仲になればもっと面白いだろうという、単純にして下世話な魂胆であった。

 何かと言えば囃し立て、あなた方四人は公認の仲なのですよ、だから、さあ、素直になって、くっついてしまいなさい、という圧力をかけ、自分たちの妄想を押し付けてきた。一ノ瀬姉妹は確かに美人だと思うけれど、僕はそうやって他人に自分のことを決められるのが、しかもよりにもよって双子であるという理由で決められるのが、憎くて仕方なかった。


 ある日、一ノ瀬姉妹の姉、さくらこに話し掛けられた。

「みのるくんって、よく本を読んでいるよね。私も本が好きなの。ねえ、どんなのを読むの?」

 それは化学の授業中で、化学室のテーブルに班毎に分かれて実験をしているときだった。僕ら兄弟と彼女ら姉妹は四人一組となっていた。これは五十音順で分けられただけであったが、教師も生徒もにやにやと嫌らしい顔でこちらを見てきて不快だった。

 僕はさくらこに、小説、と一言だけ答えた。

「そうじゃなくて、どんな小説を読むのかってこと。もう、みのるくんったら」

 さくらこはくすくすと笑っていた。僕が冗談を言ったと思ったのだろう。この女の子は、人の悪意や嫌味というものに鈍いのだろうか。僕は二、三、小説家とその作品名を挙げた。

「へえ、ミステリかあ。私はね、恋愛小説が多いかな。あのね、ももこも本を読むけれど、私の方が沢山読んでいるのよ。ももこはどちらかと言えば、座ってじいっとしているのが苦手なの」

 だから何だというのだろう。その情報が一体どこで役に立つのか、と思わず聞きたくなったけれど、波風を立たせたくない僕は愛想笑いを浮かべて適当に相槌を打っていた。

 まことが僕とさくらこを呼んで、

「実験の準備手伝ってくれよ」

 と言うので助かった。さくらことの意味のない会話はそれで終了できるからであった。

「ね、今度、お薦めの小説を貸してね。私も自分の好きな本、持ってくるから」

 小声で耳打ちされて、成る程と合点がいった。僕が本を読んでいたところを教室かどこかで目撃して、それで何か新しいジャンルを読んでみたいと思ったのだろう。そう思いながら実験の準備を進めた。


 さくらこが貸してくれた本は、砂糖をふんだんに使用した洋菓子のように甘ったるい恋愛小説だった。主人公の女の子が、素敵で謎めいていてどこか影のある男に惹かれて、紆余曲折の後に互いの気持ちが通じ合う、内容自体はよくあるものだった。しかし表現が独特で、夏の夕暮れのように物悲しい雰囲気とデコレーションケーキのような装飾的文章が不思議とマッチしていて、最後には体に秋風がすっと吹くような清々しい読後感を覚えた。

 さくらこに本を返しながらそのような感想を簡単に伝えると、さくらこは、えへえ、と声を漏らしながら笑った。

「そう、気に入ってもらえてとても嬉しい。みのるくんはきっと気に入ると、私思っていたから」

 何故そう思ったのかは、聞かないでおいた。僕が納得するような返答が返ってくるとは思えなかったから。

「みのるくんが貸してくれた本も、とっても面白かった。事件が起こったときはどきどきしたし、謎が次々に解明されていって、最後に犯人がずばんと明かされるときなんて、胸がすうっとしたわ。ミステリも面白いのね、ねえ、また本の交換をしましょうよ」

 僕は、良かったね、とだけ言って貸していた本を受け取った。それから、またいつか、機会があれば、と言って彼女から離れた。どうにも、さくらこには慣れなかった。人懐っこさを表面にコーティングして接近してくるような、妙な違和感があったからだった。


 僕とさくらこのそういったやり取りを見ていた他の人間は、馬鹿みたいに嬉しそうにして、それから満足気に頷くのだ。彼らの思っていることを想像するのは容易だった。

 うんうん、俺の思った通りに進行しているぞ。このまま双子同士が付き合ったりしたら、大層面白いぞ。そしてそれを操っているのは俺たち周りの人間なのだ。俺たちの書いたシナリオ通りに事が運んでいる、俺たちは何て友達想いなのだろう。

 勝手に妄想して勝手に期待して勝手に解釈して勝手に善行をやった気になって勝手に御満悦なのだ、そこに僕やまことや一ノ瀬姉妹の感情の入り込む余地はなく、僕たちはあいつらの人形になって、配役通りの動きをしなければならない。彼らは人形劇を開催しているのだ。

 それはどれ程恐ろしいだろう。双子であること以外は彼らと何ら変わりのない人間なのに、僕は何故そんな善意からくる悪行に乗っからなければならないのだろう。誰も疑問に思わず、これが世界の定めた幸福だと信じてやまない彼らの、何と恐ろしいことだろう。つまりは単に彼らの理想の押し付けでしかないのに、彼らはとことんまで自分たちが正しいのだと思っている。

 さらに悲劇なのは、どうやらまことも、一ノ瀬姉妹も、その思惑に見事感化されて、その気になっていることだった。いや、一ノ瀬姉妹は兎も角、少なくともまことは彼女らに好意を持ち始めていた。

「ももこちゃんにさあ、今度四人でどこか遊びに行かないかって誘ってみたんだ。向こうはオーケーしてくれたんだけど、みのるはいつがいい?どこか行きたいところあるか?」

 まことは僕がその提案を拒否するとは微塵も思っていないようで、楽しそうに僕に尋ねた。まことも他の奴らと一緒で、僕を人形劇の中に押し込めてしまおうというのか。きっとまことには僕の気持ちはわからなかっただろう。その時食べていた夕飯が、その一言で如何に不味いものになったか、彼は決して気付いたりはしなかっただろう。

 その場にいた両親も、何だか楽しそうににこにこと笑いながら聞いているだけだった。父も母も、一ノ瀬という双子が同じクラスにいて、どうやらまことと仲がいいことを知っていて、つまりそれは僕もあの姉妹と仲がいいことなのだと、勝手に結論付けていた。

「もしまこととみのるがその二人と結婚したら、親戚中が驚くだろうなあ。いや、それどころかテレビ取材なんて受けちゃうかも知れんな」

「向こうの御両親に、今の内に御挨拶しておいた方がいいかしら、ねえお父さん」

「二人とも気が早すぎだって。別に付き合ってるとかそういう話じゃないんだからさ。なあ、みのる」

 なんと寒気のする会話だろう。こんなにも薄ら寒い団欒の中、何故この家族はこうも上機嫌でいられるのだろう。僕はぞっとして鳥肌が立った。


 しかし、僕はそういった気持ちを一度も表に出さなかった。まことのことを嫌ってはいないし、だからまことが喜んでいるのは、悲しんでいるよりはいい状態だった。それに僕はどうしても、ことを荒立たせたくはなかった。耐えていれば、どうにかやり過ごしさえしてしまえば、きっと自由が待っているだろうと信じた。

 付き合うだとか、結婚だとかは、それこそあの冗談の中にだけ存在する可能性で、決して偶々同じクラスに双子がいるという事実だけでそんな風になったりはしないのだ。

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