魂が語る記憶
宙に浮き、私の前を進んで行くスピカ。
彼に連れられて廊下を歩く。
白い壁。白い床。白い天井。
真っ白く塗り潰された廊下。
スピカを視界の端に捉えながら、左手で壁に触れてみる。
冷たく、硬い感触。傷1つ無く、滑らかな表面。
足が触れている床とあまり変わりは無い。
「スピカ、私達は今何所に向かっているの?」
≪どういった場所かは君自身の瞳で確かめて御覧よ。≫
≪ほら、この扉の向こうが目的地だよ。≫
いつの間にか、廊下の突き当たりに着いていた。
前にある壁が真ん中から割れてスーッと左右に開く。
現れたのは上の部分が緑に彩られた茶色の太く長い沢山の柱、緑色に覆われた地面。そして、その上に赤、青、黄、白、様々な色をした物が散りばめられている。
「キレイ・・・」
不思議と口から出て来た言葉。
私は大きく息を吸う。鼻の中に広がる香り。肺のに染み渡る空気。
どちらもやさしく私を満たしてくれる。
とても暖かい。
そしてとても懐かしい。
≪どうかな、この場所は?≫
「何だかね、変な気持ち。 初めて見た景色だよ。 それなのに心の中がふわぁ~って暖まる感じがするの。」
「どうしてなのかな?」
≪それは、おそらく君の『魂』がこの光景に対して感じていることだろうね。≫
「タマシイ?」
≪そう、『魂』だよ。 君も含めて、生命があるものには終わりが存在する。 肉体の終わり。 それが「死ぬ」という事。≫
≪でも、肉体には『魂』というものが宿っているんだ。 君の言った『心』とは突き詰めれば違うものであるけれど、まぁ同じものと思ってくれて構わないよ。≫
≪ワタシ達のいる世界とは別に『魂』だけが存在する世界があるとされている。 肉体が死を迎えることで『魂』はそのもう1つの世界へと向かう。 そしてこちらの世界で新たな生命が芽生えようとする時に『魂』はこちらの世界に戻ってきてその生命に宿る。 この一連の生と死との循環を輪廻と言うんだ。≫
≪君が先程感じた暖かさは君の『魂』の前の宿主の記憶だと思うよ。 こういった自然に対して深い思い入れがあったのではないかな?≫
シヌ、イノチ、タマシイ、ジュンカン、リンネ、ヤドヌシ。
よく分からない言葉ばかり。
「やっぱり難しい話だね・・・。」
≪すまない、一方的に話し過ぎてしまったようだ。 そうだな、君の『魂』が持つ記憶についてだが、君は他に疑問に思ったことは無いかな?≫
「・・・・・・。」
「何かあったかな? 思いつかないよ・・・。」
≪今、こうしてワタシと君は話をしている。 君は生まれてからワタシ以外と話をしたかな?≫
「いいえ。 ずっとあなたと一緒だったから、他の人には会ってもいないよ。」
≪それならば、どうして君は言葉を知っているのかな? 誰かに教えてもらったのだろうか?≫
「言葉を話す事はおかしな事なの?」
≪おかしな事ではないよ。 でもそれは通常、何年も生きてからの話だ。 本来、人は最初は何もできない存在なんだ。 でも様々な人の助けを借り、色々な事を教えてもらい、成長していく。 そういった過程を通して人は言葉や感覚、物事を覚えていくんだ。≫
「だったら、どうして私は言葉を話せたの?」
≪それは君が『特別』な存在だからかな。 とはいっても、全ての事を憶えている訳ではないようだがね。 おそらく、君の才能が魂の記憶に関係しているとワタシは思うんだ。≫
「そっか・・・。これもスピカの言っていた私のチカラの1部分なんだね。」
≪実を言うと、ワタシもこの話はある書物で読んで学んだだけなんだよ。 君に話したことは、それに少しワタシ自身の推察を加えたものであって、真実であるかどうかは定かでは無いんだ。ワタシ自身もそういった魂の事に関しては経験が無いものでね。 想像の範囲でしか答えることができないんだ。≫
「ううん、大丈夫。 これ以上、難しい事を話されたら私の方が困っちゃうから。」
≪それは残念だな・・・。 ワタシとしては君ともう少しこの話をしていたかったのだが・・・。≫
≪でも、君にはこれからもっとたくさんの事を学んでもらわないといけないからね。 ここら辺で、そういった話は終わりにしておこうか。≫
「えぇ!? さっきの話半分も理解できてないのに、まだたくさんあるの? そんなこと、私には無理だよ・・・。」
≪大丈夫さ。 今から君に学んでもらうことは、自然に触れて君の魂が以前感じていたことや言葉、感触、匂いを思い出してもらうことだから。 そう、難しい事ではないよ。≫
「私にできるかな?」
≪ゆっくりと時間をかけてでもいいから学んでいこう。 ワタシも君と一緒に学んでいくからさ。≫
「スピカも一緒に?」
≪そうだよ。 僕は見ることはできるけれど、触れたり、匂いを感じることはできない。 だから君が感じた景色、音、質感、感情、匂い、全てを教えてほしいんだ。 言葉にしてくれれば君を通してワタシもたくさんの事を学ぶ事ができる。≫
スピカは私を導く存在だと言っていた。そんなスピカにも知らないことがある。
「さっきも言ってたけれど、スピカにもわからない事ってあるんだね。」
≪ワタシは全能の存在では無いからね。 全く、ワタシをこのような姿に造った『神』を恨むよ。≫
スピカは少し上を向きながらそう言った。
私の顔の方に向きを直して、私に語りかける。
≪君のわからない事はワタシが教えよう。 その代わりにワタシの知らない事を君も教えてくれないかな?≫
「うん。 私にどこまでできるか分からないけど・・・やってみるよ!」
≪まずは、何について教えようかな・・・。≫
≪・・・。≫
≪うーん。 困ったなぁ。 教えたいことがたくさんあって迷ってしまうよ。 すまないが、君が選んでくれないかな?≫
私は笑って頷き、目の前にある白い小さな花に触れた。
この作品における死生観に少し触れるといった話となりました。
独りよがりな説明になっているかもしれません。
理解できない点などがありましたらお知らせください。
それでは~