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僕と彼女は今……
「ねえちょっと待ってよ!」
僕は立ち止まって振り返った。つい考え事をしていたせいで彼女をはるかうしろに置いてきてしまっていた。
「ごめんごめん。ちょっと速すぎたね」
「歩幅が全然違うんだから気をつけてよ。もう」
僕の背丈は180後半はあるが、彼女は140センチに満たない小柄な体格で、昔からあまり変わらない。小学生の一時期は急に身長がのびだしたと思ったが、それを最後にぴたりと成長は止まってしまったようだった。
「あんまり可哀想って顔しないでよ。それよかお店はいろ?お腹すいた」
12月の都会は歩くには冷たい。空気がというより、そんな雰囲気がある。そんなわけだから通りに面した百貨店や喫茶店、靴屋でさえ、その温かさが感じられてどこか惹かれる。そんな気がする。
僕らは近くにあったイタリアンのお店に入った。小さいお店だったが感じが良く、ほのかな明かりにほっとした。僕は腕時計を外してテーブルに置いた。
「それって確か、京ちゃんの就職祝いにうちのお父さんがあげたやつだったよね?」
「うん、けっこういいやつだよこれ」
彼女の父親は地元では名のある地主で、市議会議員にもなったことがある。不動産業や建築業に通じており、そのため彼女の実家というのはお屋敷と言ってもいいような豪邸だったのだが、彼女自身はそのことにひけめを感じていたようだ。
「おじさん元気にしてる?鈴ちゃんがいないからさびしがってるでしょ」
「うん、しょっちゅう電話くる。そろそろ子離れしてほしいよね」
時々大人ぶった言い方をする彼女を見るのは、僕としてはちょっとおもしろい。
「心配なんだよ。愛娘が東京に行くなんてさ」
彼女は大学生、僕は社会人になっていた。こうして二人だけでご飯を食べているなんてなんか不思議な感じだ。あのころは僕らはまだ子供だった。僕らは何も決めずに今こうしている。
目の前にいる彼女に、昔のかげが重なってくる。口を汚して、無邪気にスパゲティーを頬張る頃の彼女の姿だ。