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『ドリアン山の最後の二等兵』-桃色の寺の菩提樹の下で  作者: 十夢矢夢君ーとむやむくんー


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第二章 白骨の日本街道

「日本街道-ถนนญี่ปุ่น-だ」


 中村軍曹はそれだけ言って、先に歩き出した。


 道へ近づくにつれ、空気の匂いが変わった。


 腐葉土の甘い湿気に混じって、どこか焼けたような、古い汗のような匂いが漂ってくる。


 赤土は踏み固められ、丸太が横に渡されている。


 所々に石が積まれ、崩れかけた側溝の跡も見えた。軍用の道路だと、相沢にもすぐ分かった。


「ここを通れば兵站地に出られるんですか?」


 問いかけると、軍曹は小さく首を振った。


「もう使われていない。前に進出した時、現地の村人を集めて作らせた道だ、今では白骨街道だがな」


 その声には、疲労よりも重い何かが滲んでいた。


 相沢は足元を見た。赤土の間から、半分白骨化した人骨や、錆びた空薬莢が顔を出している。


 相沢が空の薬莢を拾い上げると、手の中で冷たく光った。


 誰かがここで撃ち、誰かがここで倒れたのだ。

 

 ふと、風が吹いた。

 

 鬱蒼としたジャングルの奥から、低い呻き声のようなものが聞こえた気がした。


 相沢は思わず振り返る。だが、そこには闇しかない。


「……聞こえましたか?」


「何も聞こえん」


 軍曹はそう言ったが、その歩調は少し早くなっていた。


 道は緩やかに山を巻いて続いている。


 両脇には切り倒されたまま朽ちかけた巨木が横たわり、白く乾いた幹が月明かりを反射していた。


 まるで骨の列のようだった。

 

 相沢の腹が鳴る。

 

 昼から何も食べていない。


 背嚢の中の握り飯はすでに腐りかけているだろう。


 だが、それでも食べるしかない。

 

 口に運んだ瞬間、酸っぱい匂いが鼻に抜けた。


 吐き気をこらえながら噛み砕く。

 

 その時だった。

 

 遠くに、かすかな灯が見えた。

 

 相沢は立ち止まる。

 

 闇の中に、橙色の点がいくつも揺れている―焚き火だ。


 人の気配だ。


「村かもしれん…」


 中村軍曹が呟いた。


 相沢の胸が高鳴る。


 食べ物。水。屋根。


 生き延びるためのすべてが、あそこにあるかもしれない。


 だが同時に、別の感情が喉元まで込み上げてきた。


 西田の白い顔。銃声。熱い赤土。


 ――俺は、生きるためなら何でもするのか。


 風に乗って、強烈な匂いが流れてきた。


 腐った果物のようで、どこか甘い。


「……ドリアンだ」


 軍曹が言う。


 灯はゆっくりと近づいてくる。


 いや、こちらが近づいているのだ。


 やがて木々の隙間から、高床の家と、裸足の子供の影が見えた。


 その瞬間、犬の激しい吠え声が夜を裂いた。


(つづく)

日本街道タノン・イープン」――かつての栄光の進軍路は、いまや朽ち果てた丸太と錆びた薬莢が散らばる、死者の通り道へと変貌していました。相沢の足元で砕ける赤土の音は、ここで強制的に働かされ、倒れていった名もなき人々の呻きを代弁しているかのようです。

 そして、闇の奥から漂い始める「ドリアン」の強烈な甘い匂い。それは、腐敗した死の気配か、それとも生き延びるための甘美な誘惑か。空腹という動物的な本能が、相沢の人間としての倫理を少しずつ削り取っていく様子を、読者の皆様は固唾を呑んで見守ることになるでしょう。

 遠くに見える村の灯火。それは救済の光か、それとも新たな罪への入り口か。物語は、静かに、しかし抗いがたい引力で「事件」へと加速していきます。

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