7_出会い
第一章-2
……静寂、そして風の音。
落下するような感覚が唐突に終わった。
地面に膝をついた衝撃で肺から短く息が漏れる。
少しの間気を失っていたかもしれない。
だがすぐに、そんなことは瑣末なことであると気づく。
「……ここは…?」
小津は辺りを見渡す。屋外であることは間違いない。
地形的には山に囲まれた浅い窪地のようだった。だが山といっても緑豊かな山ではなく、乾燥した大地、そして砂や岩。
視線を上げると青空を流れる雲が見えた。
そして足元を見る。石畳が広がり、小津のいる場所を中心に石柱が円状に建てられているが天井がない。
(朽ちた祭壇、もしくは祠…?)
それはゲームなんかで見たことがあるような、かつて何かの儀式で使われていたような祭壇のようだった。
柱や床はひび割れていて、そこから申し訳程度に草が根を張っているのが逆に逞しく見えた。
本当に異世界に飛ばされたのだろうか。自分が気を失っている間に連れてこられたんじゃないだろうか、と思ったが、それなら倒れていなければ状況の説明がつかない。
「っていうかヴァンは?!」
あの不遜な表情を急に思い出してきょろきょろと見回すが、誰もいない。
「え?嘘だろ?転移するだけしていなくなるとかあるか?!」
ここがどこか、魔物が出るのか、そもそも言葉の通じる人間が住んでいる街や集落があるのか。それは歩いてどのくらいか…。
泣きそうな要素しかないが、泣いて解決する状況でもなさそうだ。
「とりあえず、動くしかないかぁ」
迷子の鉄則は『その場を動くな』だがヴァンが迎えにくるとは思えない。肩を落とし数歩進んでから「ん?」と、小津は何かに気づいたように自分の右手を見る。
そしておもむろに床に転がっている石に向かって腕を伸ばた。
すると、石ころがカタカタと震えて反応し、ゆっくりと浮き上がった。
「あれ?なんかいつもより調子が良いような」
普段はもっと意識を集中してやっとペンが浮く程度だ。今度は両手をかざしてみる。
「おぉ?!」
祭壇の外側にある石、拳サイズのものからバスケットボールくらいの大きさのものが浮かんで、「これは…」と言いながら指先でくるくるとその石を誘導してみる。
「ほぇー!すごい…!」
自分でもバカみたいな感嘆詞だと思ったが、目の前で自分の意のまま、踊るように舞っている石たちを見て気持ちが先行してしまう。
「うん、やっぱり調子がいいねぇ」
何かが解決したわけではないが、小津は少しだけ安堵して、満足そうに言った。
すると——
「あなたは、誰——?」
***
小津は、はっとして後ろを振り返る。赤い水晶が埋め込まれた杖を持ち、紫のローブを纏った女性が祭壇の外側から小津を見上げるように立っていた。
(しまった!誰もくるわけないと思い込んでいたのと能力テストに夢中で全く気づかなかったぁ!)
「あ…えっと…いや、これはそうではなくて」
慌てて力を緩めると、浮いていた石が次々と地面へと落下した。
(どうする?見るからに魔法使いっぽいけど、不味かったか?いやそれよりもし怪しい奴と思われて捕まえられたりしたら…)
ぞっとする。
しかしその『ぞっとする』という表現が当てはまる顔をしていたのは、むしろ彼女の方だった。
「あ、あなたここで何を…いや、それより魔力枯渇地帯でそんな力が…」
「い、いやぁ。僕も無理やり連れてこられて気づいたらここに…フォルトゾーンって…なんです?」
「あなた、魔力枯渇地帯を知らずにここでそんな力を使えてたの?!」
彼女の声は半ば叫ぶような音量だが、非難や攻撃的な感じはしない。ただ驚いているような声質だ。
(どうしよう。でもやっぱり超能力や魔法って部分に驚いている訳ではなさそうだな)
「え、えぇ…すみません…」こういう場面でどんな顔をしたら良いかわからず、頭をかきながらははは、と笑った。
もちろん、口を引き攣らせながらだが。
「あなた、名前は?」
「小津葵です」
「オズ・マモル、——オズ…どこかで聞いたことがあるような…」
小津と少し発音が違う気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。
「私はヴァシェラール王国の魔道士、六導のガナシア・ガートランドと申します」




