6_六導のガナシア
◾️第一章
ガナシア・ガートランドは研究室の奥の机で一人頭を抱えながら深いため息をついた。
城の上位階、王国最高位魔導師六人で構成される「六導」の一人である彼女は自分の研究室を持つ。
普段であれば一人でこの部屋に籠って魔法の研究に一日の大半を費やしていた。細かな雑務や部下の育成は全て副官であるイザベラに任せ、自身は週に一度の六導の定例会議に参加していればよかった。それに対し不満の声をあげる配下もいるにはいたが、この待遇こそガナシアが「六導」に加わる条件だったし、自身の受け持つ魔導部隊の運営方法は長である自分の裁量で決めることだ。実際、統率やまとめ役はイザベラの方が上手く、なんの不都合も問題も生じていなかった。
だがその朝、城の上階に設けられた研究室で、六導の一人ガナシア・ガートランドは珍しく眉をひそめていた。
「……どうしてこう、最近は落ち着かないのかしら」
大きくため息をつくと、研究室の扉をノックする音がした。
「ガナシアさま、また報告が数件入りました」
副官イザベラが分厚い羊皮紙の束を抱えて入ってくる。
「また?」
「はい。王都の治安が……あまりよろしくありません」
ガナシアは椅子を回し、イザベラへ手で続きを促した。
「まず、西地区の露店街でスリと置き引きの被害が急増。昨日だけで十件です。
ヴァシェラール王国――その中心に位置する王都ヴァルナスは、本来ならば商人や冒険者、魔導士が入り混じる、活気ある大都市だ。
それが最近、妙に犯罪率が上がっている気がするのだ。
イザベラはさらに続ける。
「それから北区の夜道で“黒いフードの一団”を見たと証言する者が多数」
「黒いフード?宗教団体の新しい流行かしら」
「いえ……ただ人攫いと関係しているのではないかと疑っています」
ガナシアは思わず姿勢を正した。
イザベラは資料をめくりながら答える。
「攫われているのは……子ども、というか、十代後半の若い男女です。共通点は、魔力が平均より高いか、魔法の素質があると言われていた者たち」
「魔導士の卵ばかりってこと?うーんでも妙ね…そもそも、そんな素質のある子たちを簡単に攫えるのかしら」
「それが少し巧妙で…『魔力測定に協力してくれたら報酬が受け取れる』という話を持ちかけられたと証言がありました」
ガナシアは額を押さえた。
「完全に怪しい勧誘じゃない……。でも、証言が取れたってことは攫われなかった子もいるってことよね?その子の証言を掘り下げればつながりがわかるんじゃない?」
「いえ、それが…」と言ってイザベラが困った表情をする。
「皆、顔は覚えていないと」
「なるほど…記憶消去の魔法ね…」
記憶操作系の魔法の中にもいろいろ分岐や流派がある。だが会話の内容を消しきれていないところを見ると、高位な使い手ではない、とガナシアは判定した。
「他の六導はなんて言ってる?」ガナシアは尋ねた。
「ドルファ様以外はまだ単なる誘拐事件の域を出ない、との判断のようです。ただ――失踪者が昨夜で十一名目になりました」
「……十一?」
「はい。さすがに、無視できない数かと」
そこまで聞いてガナシアは椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
「単なる誘拐事件ってなんなのよ、ねぇ?」
独り言にしては大きいことは承知しているが、なんとなく腹が立っている、と自覚する。
「まったく。お歴々がそろってくだらない覇権争いにかまけてるんじゃ思いやられるわね」
ガナシアの言葉にイザベラが露骨に嫌な顔をする。
「誰かに聞かれたらどうするんですか。私を巻き込まないでください」
「だーいじょうぶよ。この部屋は私特製の結界を張ってるから。防御力はもちろん遮音性も抜群な上に浄化作用のおまけつき」
「ガナシア様の魔法が無駄に高性能なことは存じています」
「ぶー。無駄にとは何よ」
イザベラのガナシアに対する言葉は遠慮がない、というより上司に対するものではないのだが信頼関係があるからこそだ。彼女にも敵意がないことは表情を見ればわかる。
「仕方ないわね。腰を上げるとしましょうか」
ガナシアは紫のローブをひるがえし、杖を手に取る。
「調査に出られるのですか?」
「ええ。とっても面倒だけどこのままじゃゆっくり研究もできないし、黒幕がいるなら早めに叩きたいじゃない」
そこまで言って、ガナシアは急に後ろを振り向いた。
「どうされたのですか?」
「かなり東の方…何かしらこの魔力…」
「東の方…私には何も感じませんが」
「——王都の外側、まさかとは思うけどちょっと見てくるわ。あ、師団訓練はお願いね」
かしこまりました、とイザベラはお辞儀をした。




