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4_来訪者

***

あのとき、ユリはなんといっただろうか。


誰もいない事務所の椅子に座って百八十度回転して窓の外を見る。もちろん回転というのは水平を保ちながらであり、雑技団の如く驚異の身体能力が成せる技などではない。


「うーん。思い出せん」


小津はため息を吐きながら独り言を呟く。

時間は午後五時、一年前のあの日、彼女と会話した最後の時とほぼ同時刻。


「何だったかなぁ…確かに聞いたんだけど…」


思い出そうとしても何故かその部分だけが霞がかってくっきりと輪郭を描くことができない。


「アートを理解させたい、心を与えたい、人間にしたい…」


どれも違う気がする。

高校を卒業した後、過去の依頼人のツテで自宅と大学の中間地点にそこそこ駅近な物件を紹介してもらい、ビルの2階に自身の探偵事務所を設けることにした。空いている時間は大体ここで過ごしている。一年前のあの時までは探偵業の方を畳もうと考えていたのだが、続けている。続けているのには理由があった。


一年前、ユリが忽然と姿を消したのだ。


毎日連絡を取り合うような間柄ではないが、それでも彼女から依頼されていた案件を調査していた矢先だ。何も言わずに消えるとなると、事件性はあるだろうと思う。


しかも、である。ユリと最後に会話したのはどうやら小津であるらしいのだ。


迎えの時間になっても出てこないことで彼女専属のSPも校内に立ち入り、その後警察にも通報されたが一切の手がかりが見つかることもなく、監視カメラやGPSもその時刻だけ何故か機能停止し、痕跡が途絶えた。したがって捜査は続いているが進展具合は初期段階でほぼ頭打ちになっていた。


追記するとしたら、小津も初期段階では容疑者の一人に加えられていた。

なにしろ記録上では最後に会話をした人間なのだから、心外ではあるものの当然といえば当然だろう。

だが疑い自体は早々に晴れることになる。ユリが教室を出た後も、小津はそのままSPが校舎に入るまでの時間チャットを続けていて、フレイヤとのチャットや端末情報などのログが残っていたためだ。フレイヤからもチャットの反応速度や回答パターンから、本人の確率九十八パーセントであるという照合結果が得られた。


小津は椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。最新バージョンのフレイヤは会話をすれば本人であるかどうかも見分けることができるらしい。


「まるで逆チューリングテストだね。よもやAIに容疑を晴らしてもらうとは…」


「そうだな。差し詰め鷹のホークアイと言ったところか」

「!」

独り言に反応され、小津は反射的に振り返り声の主を探査する。

だが迷うことなく主は発見される。応接用のソファに男性が一人、座っていた。

ブロンド色の髪、蒼い瞳で白衣着た男。年齢は二十代後半と言ったところだろうか。色白で立ったら小津よりも長身であろうその男は、脚を組み悠然とティーカップに入れた紅茶を啜っている。


「ドアに鍵はかかっていなかった。入っても良いということだろう?」

「えっと、勝手に紅茶を淹れるというのは少々非常識ですね」

(いやいや、っていうか全く気配なかったじゃないか!)


狼狽する素振りを見せないようになんとか呼吸を制御したが、考え事をしていたとはいえ男の気配に全く気づかなかった。

小津は椅子から立ち上がり、武器を取り出しやすいようそれとなく机の右横に移動した。仲間がいるかも知れない。男の動きに注意しながら事務所を見回す。


「警戒せずとも俺一人だよ」

「…依頼でしょうか?」

「そうと言えばそうだし、違うと言えば違うな」

「違う?依頼でないなら…」

「人探しだよ。探し物が得意なんだろ?」


不敵な笑みが深まる。そして探し物が得意という言葉を聞いて小津の警戒レベルが二段階上がった。

どこから聞いたのか、どこまで知っているのか。能力のことを知っているとしたら情報源は限られてくるが、そう簡単に漏れるようなプロテクトではない。第一、能力のことは詳しく知れば知るほど非科学的、眉唾物と思われるようなものだ。


つまり相手は、能力についての詳しい内容は知らず過去の依頼主の誰かから捜索の成果を聞いてここにやってきたか、もしくはなんらかの方法で詳細を知り、その上で小津を試そうとしているかのどちらかである可能性が高いだろう。


前者なら所謂口コミのようなものだからそこまで警戒するものではないが、後者の場合、いろいろなケースが考えられる。例えばマスコミ関係者なら、話の内容に出鱈目な上に派手な装飾をつけて様々な媒体で流してしまうことも可能だ。

だがマスコミならまだ良い。対応方法も考えてある。

問題はもっとヤバい、組織が絡んでいる場合だろう。


「なるほど、人探し…でもあなたは依頼ではないとも言った」

「そう、どちらかというと強制イベントだな」


やはりそうか、と小津は心の中で舌打ちする。

(どうする?ここは二階だから窓をぶち破って飛び降りても大した怪我にはならない。降りてくる間に刑事に連絡するか…だけど組織なら一人でここにくることはないだろうし、下で待ち構えているこいつの仲間に捕縛されて終了、なんてこともあるだろうなぁ)


「お話は聞きますが僕がしているのはボランティアじゃない。それに仕事は選ばせてもらいますよ」


立ち位置的に小津入り口から離れた場所、自分の机の奥に立ち、男はそれより手前の応接用のソファに座っている。話を聞くという前置きをすれば小津が男の方に行くのは自然な流れだ。机を迂回する際、左手を置いて机の裏にある音声録音のスイッチを入れようとした時、小津は動きを止めてその男を凝視した。


「あなたは…」


一瞬で鼓動が大きくなり自分の息遣いが荒くなる兆候に気づいて、落ち着かせるように意識を集中する。しかし同時に目の前にいる男にも目が離せない。自分が二人に分裂したような気分になり、右手を机にかけてよろけるかも知れない自分の体を支える準備をした。


「いや、そんなバカな…ハウエル・フローリス博士…?」

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