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2_遠い記憶

小津が十四歳の時、両親が殺された。


血は繋がっていなかった。だが物心ついた時から両親に育てられていた。本物の両親ではないという事実を知ったのは二人が殺された時に刑事から聞かされた。


それ自身がショックだったということはない。


いや、普通に聞いたらショックだったかもしれないが、「そんなことより」という状況だったことが緩衝材になったのだろう。

その後直ぐに県警から当初は自殺であり事件性なしと判断されたのだが、小津にはどうしても納得がいかなかった。しかしそんなことを言っても普通は子供の戯言、相手にしてもらえるはずがない。


だが事実、小津は両親の死に塗られた嘘や偽装を剥がし、事故を事件として修正し上書きすることができた。それができたのは、ユリが協力してくれたおかげだ。

そして両親の事件が解決して以降、学生でありながら探偵をしている。当初探偵になる気などなかったが、ユリから直接依頼があったり、それを解決したら他の筋から依頼があり…という具合でちらほら舞い込む仕事をこなしていく内に自分でも「まぁ、探偵かな」という茫洋とした自覚が少しだけあるくらいだ


彼女は、俗にいう天才プログラマというやつだった。中でもチャットプログラムは世間でも割と有名だ。当時はテレビや雑誌などのマスメディアでも「神童」「天才」という二文字で記事が埋め尽くせるのでは、と思うほど使い回されていたし、少し形容詞を足して「美人すぎる天才」、「萌える才女」など、すこしむず痒くなりそうな文字が踊っていることもあった。ただ共通していることは、紹介され話題になったが、そこでは彼女が生み出した技術よりも、容姿に関する情報や、若干十四歳という年齢の方がパワーワードとして使われていた、ということだ。確かに偉大なコードかどうかは、小津が見たってわからない。だけど彼女の創り出した人工知能、「フレイヤ」はあまりにも有名だ。


公開されてそれほど年月が経っていないにも関わらず、スマホのバーチャルアシスタントとしてのシェアも急速に伸ばしつつある。だが世間に出回っているものはわざと数世代バージョンを落としたもので、彼女曰く「革新的という広告が打てて、且つある程度の人に受け入れられるくらい」ということらしい。人工知能について今の技術水準からあまりにもかけ離れたものは逆に受け入れられないのだそうだ。


その他にも、マッチングアプリでサクラとしてのAIや、大手企業のクレーム処理のチャットボットとして(エンドユーザーにはもちろん非公表で)導入されているし、政府当局のサイバーセキュリティの根幹のプログラムにも(トップシークレットで)関わっている。

マッチングアプリのサクラチャットボットの役割とは、主に一定期間誰からも声をかけられない会員に対し話しかけ、情報収集して興味のある話題や好みを解析し、サクラではない人間にバトンタッチすることだ。アンケートフォームなどと違い、こちらの方がより正直な回答を得ることができるのだという。そのおかげなのか、成約率の速さが違うらしい。


要は多くのユーザーがその恩恵を受け、尚且つ政治的にも既に力のある重要人物であるという点で彼女に対しての監視、干渉は普通ではない。


ユリは、ほとんど学校には来ない。たまに来ても誰も話しかけようともしない。同級生から見れば彼女は「眩しい憧れの存在」を通り越して、異世界の住人なのだろう。皆まるで本当に見えていないのでは、と感じるほど自然に、悪意なく認識すらできていないように振る舞っていた。


そして彼女から見れば、どう考えても学校など不要で、むしろ時間の無駄だろう、と思う。しかし登校したときはどう言うわけか、ユリのような天才にとって凡庸な存在でしかないはずの小津に話しかけてくる機会が多かった。


どうして学校に来るのかを聞いたことがある。答えは至ってシンプルだが、同時に信じられないものでもあった。

曰く「理由は二つ。一つはSPの監視が鬱陶しい、もう一つは小津くんに会うため」というものだった。


一つ目の理由は、理解ができる。学校内には流石にものものしい黒服のSPは入ってこない。

だが彼女は今や国家的な財産ともいえるレベルにもなっているので登下校は当然のように送迎があり、校内にもユリが授業で使う教室や場所には監視カメラが設置されているし、当然位置情報も見られている。

そこまでされるくらいなら、いっそのことSPが付いていた方が簡単で話が早いのでは、と言ったことがあるが、それは断固拒否されてしまった。


「監視カメラやGPSなんか全部私の味方よ。どうとでもなる。人間が一番やっかい」そう言いながら屈託なく笑った。


そしてもう一つの理由も、想像はつく。


というよりもそれしかないのだ。

小津自身に天才と言われるような頭脳はない。少なくとも自分ではそう感じるし、客観的にみても、まず間違い無いだろう。成績は悪くは無い。だがクラスでトップというわけでもなく、せいぜい「中の上」、良くて「上の下」くらいだ。探偵という生業をしているので多少普通の高校生とは違う知識はあるだろう。だがそれも、それだけの話だ。社交性も、任務外だと話しかけられれば普通に会話を「こなす」程度で、自分から積極的にぐいぐい行く方では無い。

それが周りにも伝わっているのだろう。誰かが「小津くんは人に興味がないよね」と言い出してから、話しかけられる機会はぐんと減った。

これに対して、小津自身は適切な回答ができないでいる。確かに自ら積極的に声はかけないが、興味がないわけではない、と思う。「人に対しての興味」というものを数値化して誰かと比べたことがないのでわからないが、絶対評価としてはむしろ興味を持って観察しているつもりだ。


しかしこちらから話しかけることはほぼない。拒絶されることが怖いといった、恐怖の感情はあるかもしれない。その反面、気楽だとも思う。どちらも正直な気持ちであり本心なのだが、仲良くしたいという欲望は確かに希薄だ。誰彼構わず話しかけてみんなと仲良くしようとする人を見ると「すごいな」と思うがあぁなりたいかと言われると、首を横に振るだろう。疲れそうだとか、広く浅くより狭く深くの仲を…など言葉にすることはできるが、考えてもよくわからないから「どちらでも良い」「興味がない」という言葉になる。多少強がりなところを含んではいるので小津自身も少しズレていると感じているが、言葉で表現することができないため、最後は軽いため息をついて諦めるのだ。


そんな人間的な魅力に欠ける−それは言い過ぎかもしれないがパッとしないのは間違いない–小津に、なぜ学校に来るたびに話しかけてくるのか。


小津には、一つだけ、普通ではない特殊な能力があった。


才能というよりは能力なのだろう、と自分でも思う。


それは、俗にいう超能力というやつだ。


だが大したことはできない。


鉛筆程度の重さのものなら宙に浮かせることができる。

雨の日なら指先に水を集めることができる。

キャンプなどで火おこしをする時、着火剤の調子が悪そうだったらその周辺だけ酸素濃度をほんの少し上昇させて火を点きやすくする。

探し物がなんとなくわかる…


どれも些細なことだ、と小津は考えている。こんなことができたところで見せ物にすらならない。


最初に自覚したのは幼稚園の頃。その時は誰でもできるものだと思っていた。自分以外で初めて気づいたのは母親で、失くした指輪を探し出したときは驚かれたのと同時にとても喜んでくれた。小津はその顔を見せてくれたことが嬉しくて、ある日クレヨンを失くして泣いていた同じ幼稚園にいた女の子に、探して渡してみた。

すると、なぜかその女の子は「小津くんが隠した」と言い出した。いくら違うと弁解しても聞いてくれないし、ヒートアップした園児はまた泣き出してしまう。予想外の反応で黙ってしまった小津をみて、先生も「正直にいうように」と促してくる始末だ。


小津は頑なに認めなかったが、迎えに来た母親に帰り道で泣きついたのを憶えている。

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