1_真実の役割
◾️プロローグ
「未来って何だろうね」
「どうしたの?いきなり」
「こうして小津君とチャットで話すのが何だか不思議でw」
「未来は、希望であり畏れであり虚無であり、ひょっとすると運命かもしれないね」
「文学的だね」
「そうかな?わからないって言っただけだよ」
「あるいは、無限の可能性?」
「君の方が才能がありそうだ」
「でも、過去とは別物だよね」
「あぁ、そうだね。いつだって痛みは傷ができた後にくるよね」
「不思議だね。傷つく前には痛まないなんて」
「元々存在しないものだからね」
「何が?」
「傷が」
「分かるように言ってよw」
「少し前まで存在しなかったもの、今の秩序を乱すものが突如として現れた時の反逆が痛みという形になって現れる」
「なるほどね。じゃぁ科学は、痛みの連続だね」
「そうかも知れないね」
「私の存在も、痛みになるのかな」
「痛みこそが真実になる可能性を持っているかもね」
「じゃあ、私が真実になるw?」
「真実とは、時としてほとんど神話だよ」
「わぁ、いいなぁ、ここでそういう発想」
「そうかな?」
「ねぇ、真実の役割って何?」
僕は視線を端末から空へと移動させた。
教室の窓から見える空は赤くなり始めていた頃だ。
(真実の役割…)
人工知能とのチャット。面白い質問だと思った。バグに近いかも知れないが、これはこのままで良い、と判定した。修正したらむしろ味気ないものになるだろう。
「ねぇ、フレイヤとのチャット、どうだった?」
唐突に話しかけられて少しだけ鼓動が大きくなった。
高三だった僕は、決して同級生との人付き合いに積極的な方ではなかった。もちろん話しかけられれば応対はするし笑顔だってごく自然に作ることができる。コミュニケーションが苦手なのではなく、一人でいることが全く苦ではないので、用事がない限りこちらから話しかけることが極端に少ない、というだけだ。
そんな僕にも、唯一と言って良いほど興味を持つ幼馴染の友人がいた。それがナギラ・ユリだった。
「すごいね。これが人工知能だなんて。本当に自分自身と、他者の存在を認識しているみたいだ」
「いつかこの子にも、心が宿ると思う?」
この子というのは、目の前にいるユリが創った人工知能「フレイヤ」のことだ。人工知能なのだから性別なんてないのだが、ユリの中では既に生きているようだ。
「どうかな…全ての思考は計算の産物かもしれないけど、計算それ自体が心に変質することはないんじゃないかな」
唐突な質問に僕は、少しだけ脳内のブーストを入れて言語化する。
心がある、もしくは存在するのかは、実証するのも難しい。思考は脳内での化学反応の結果によるものであり、心などというモノや臓器は存在しない、というのが主流のはずだが、では人間がそれを再現して機械が心を持ったかのような振る舞いをさせられるかというと、そこまでの技術は確立されていない。だから「心」という言葉の価値は未だに少しも損なわれていないし、世界中の言語を見ても、「心臓」「脳」といった臓器とは別に心や魂を指す言葉が存在していることはとても不思議に感じることがある。
「科学者の言葉をトレースしなくてもいいんだよ。私が聞きたいのは、小津君の意見」
ユリは僕の顔を覗き込み、悪戯っぽく微笑んだ。きっと僕の応えなど想定済みだっただろう。
「わからないけど、心が宿るといいね」
「それは何故?」
「多分、今君の目が語っていることと同じことじゃないかな」
ユリの目は、好奇心に満ちている。
「人工知能が心を持ったら、人間は征服されてしまうかもよ?」
「自ら生み出した技術に支配されるというなら、それこそが真実の姿であったということじゃないかな。真実が全てを征服する。それはつまり、人間が真実を見つけること、もしくは創り出すことに成功した、ということだと思う」
「真実が全てを征服する」
ユリは面白そうに復唱し、そして続けた。
「運命、じゃないんだね。小津君らしいな。それは探偵としての矜持ってやつ?」
「探偵であることは関係ないよ。身内が事件に巻き込まれたのを偶然解決してそれから成り行きでなっただけで…」
そこまで言って、少しだけ後悔した。こんなことユリは既に知っているし、また期待した答えでもないだろうからだ。
「自分の存在を卑下してはダメ。キミが事件を解決したのはキミ自身の能力。残酷ではあったけど、犯人を逮捕できたのは必然でもあった」
優しい口調だが慰めるわけでもないその言葉は、しかし救いでもある。
お越しいただきありがとうございます!
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ものすごく設定を考えてから書き始める時と、何となくつらつら文字を打ち込んでいく時があります。
別作品として書いている「White Robot」は前者ですし、こちらは後者でした。
ちなみに小津、ユリ、フレイヤは「White Robot」でも登場していますが、全く関係はありません。
むしろ、書き初めはこちらの方がはやくて、4年くらい前じゃないかなぁ。
といっても早々に止めていました。今はもうチャットGPTもあるし、AIとの会話は当たり前になりました。古すぎる感じにならないうちに、どうせなら何かに繋げられないだろうかと思って今回、再開してみよう!と書き始めてみます。




