第2話 初の毒殺事件と公爵の信頼
宮廷薬師としての初任務を終えた杏は、少しほっとした気持ちで薬局の机に向かっていた。
だが、その安堵は長く続かなかった。
「杏、至急、王族の晩餐に向かえ。毒の疑いがある」
リオン公爵の声は冷徹そのものだったが、その言葉の奥には確かな信頼が隠されている。
杏は小さく頷き、前世で培った知識を頭の中で整理する。
――毒の症状は発症から1時間で致命的。王族の晩餐で使われる食材と調理法を考えると、犯行の手口は……。
薬局から必要な試薬と調合器具を持ち込み、杏は現場へ急いだ。
大広間には、食事を終えた王族たちが集まり、ある者は顔を青ざめさせ、ある者は苦しそうに身をよじっている。
「杏、早く原因を突き止めろ」
リオンの命令は短く、的確だ。普段は冷徹で近寄りがたい公爵の姿だが、今は王族を守るための真剣さが滲んでいた。
杏は手際よくサンプルを取り、分析を始める。
微量の毒物反応、使用されていた香辛料の中に隠された成分――全てが杏の頭の中で前世の知識と結びつく。
「犯人は……厨房に潜んだ誰かです。特定のハーブに毒を混入しています」
リオンが眉をひそめる。
「杏、君の判断は確実か?」
「はい、公爵様。これ以上の被害は防げます」
杏の指示で調理担当を隔離し、怪しいハーブを取り除くと、被害者の症状は徐々に落ち着き始めた。
公爵は杏の働きぶりをじっと見つめ、少しだけ表情を和らげる。
「……君の力は確かだな」
その一言に、杏は心の中で小さくガッツポーズをした。
――これで契約妻としてだけでなく、宮廷薬師としても認められた。
事件後、二人は薬局に戻り、静かに向き合った。
「杏、今回の功績、宮廷に報告する。だが……感謝もしている」
リオンの瞳には、いつもの冷徹さだけでなく、信頼と少しの親しみが浮かんでいた。
杏は微笑みながら答える。
「ありがとうございます、公爵様。これからも、宮廷のために尽力します」
――契約結婚の関係はまだ形だけ。
だが、杏は確信していた。
知識と勇気で事件を解決し、リオンの信頼を勝ち取ることで、冷徹な公爵の心も少しずつ溶かしていける――と。
その夜、杏は自分の机に向かい、再び薬学書を開く。
次の事件がいつ起きても、全力で対処できるように――そう決意を新たにするのだった。




