月の泉と愛されし子の名
自室に戻る途中でお姉さまに呼び止められた。
「私の愛しい子。これを持っていきなさい……これは私が大切にしていた真珠の髪飾りよ。きっと貴女を守ってくれるわ」
「いいの?お姉さまが大切にしていた物では……」
「いいのですよ。私からのお守りなのですから……愛しい子……」
「ありがとうございます……お姉さま。」
お姉さまに感謝を伝え自室に戻った……自室に戻ると隠し部屋に降りるといつもより月の力が満ちていた。そっと月の力が満ちている泉に身体を沈めると誰かの声が聞こえた。
私の可愛く愛しい子……今宵は力が満ち溢れている……こんな夜には愛しい子に祝福を……さぁ、私の名前を愛しい子……
名前……名前を知ってる。なぜ知ってるんだろう?確かあなたの名前は
「モリガン……冬と夜の主モリガン……」
名前を唱えるとその姿をはっきりと捉えることが出来た。それはとても美しい黒髪を持ち灰色の目をした女神だった。名を唱えるとその女神に祝福の口づけをされた。口づけを受けると月の光の粒が一つ一つが隣人達であることに気づかされた。とても綺麗な隣人達に魅了された。
私の愛しい子よ。其方を見守るとしよう。その代わり冬の訪れには雫の枝を我に持ってくるのだ。いいね……
言葉を残すと女神は姿を消してしまった。
「一体何だったんだろう……名前をなぜ知っていたのだろう……」
泉の中は、ヒンヤリと気持ちがいい。ずっと入っていたいような不思議な気分になった……しばらくして泉から上がり身支度をした。
お姉さま方からもらったお守りの数々、そしてトリトン様から貰ったガラスペン……月の光にかざすとキラキラと輝き隣人達が近寄ってきたが隣人たちの声は理解が出来なかった。そっと手を差し伸べるとこの手に隣人たち触れてくれた。
「よし!これで用意は終わった……。朝になったら……。」
そっと……意識を手放した。はじめて夢を見た……誰だかわからない人が何かを言っている。怖くはない何故だか暖かいような気がした。朝起きるとトリトン様が少しい悲しい顔をしていた。
「私の愛しい子よ。何かあったら戻ってくるのだぞ。これを、姉に渡しておくれ。」
「はい。トリトン様……ありがとうございます。それでは、行ってまいります。」
トリトン様のイルカで5時間ほど来た。そうすると、一人で暮らすには大きくカラフルな珊瑚とイソギンチャクの庭のあるガラスドームの様な家の前で止まったそこには夢で見たアオザメ族の女性が立っていた。きれいな夜空の様な深い青いローブをが印象的だった。イルカから降りると付き添いの者が荷物を降ろしてくれた。
「お前かい?トリトンからの預かりものは…」
「こっちにおいで……おや手紙かい?…………私に瞳を見せてごらん……これはこれは、愛されてしまったのかい……しかも、厄介な古き母性にも見初められてるのかい。従者達よ!トリトンに伝えておくれ。この小さな愛おしい子は責任をもって預からせてもらうよ。この愛おしい子の名は何という?」
「まだ名前はないよ?みんな愛おしい子って呼ぶよ?」
「まったく。あの子は名前もろくに渡してやれないのかい……この子は皆に愛され特別なくらげ族の子……可愛い愛しい子よ。我が愛しき隣人達よ、この者に名を与えよ。愛しき海の申し子の名はオパーレット・シメールの名を授ける」
「オパーレット・シメール……それが私の名前。私だけの名前……」
「おやおや……涙を流して、名前がなかったのだから仕方がないね。まったく……お前たち!ゆめゆめ忘れるな。名を与えられないと言うことは存在あるようでないのと等しいという事を……」
そういうと抱きしめてくれた。何故か涙が止まらない……理由がわからなくて混乱してしまった。
「シメール落ち着きなさい。大丈夫だから……貴方は愛されているのだから安心しなさい。まったく、トリトンの奴こんな可愛い子を泣かせて。あの、愚弟に伝えなさい!この子は私が弟子とします。ゆめゆめ戻すと思わないでと。そして対価はこの子に必要なものすべて。いいね!シメール……私の名はサメリアだ。まぁ見ての通り鮫族だよ。お前が知りたいことは教えてあげるよ。ほら、早くこっちへおいで。お前たちは、さっさと城にもどりな!!」
サメリアについて家に入った。家に入ると見たことのない宝石や海藻がたくさんあって、とても不思議な空間だった……きょろきょろしているとサメリアに笑われてしまった。
「シメールそんなにきょろきょろして、珍しいかい?」
「はい。でもなんで私は……貴女に……サメリアさんに預けられたのかなって思って。」
「なんだい。そんなことかい?シメールお前は、生まれながらの蜂蜜酒なのさ。だから隣人たちが寄ってくる……隣人が寄ってくるだけならいいんだけどね~。お前は、神にも愛されてしまっているから厄介なんだよ。神や隣人たちはシメールの為を思って勝手に動くのさ。それが必ずしも良いものとは限らない。だから、付き合い方を覚える必要があるのさ。つまり魔法使いとしての素質があるということだ……だから私に預けられたのさ。愚弟のアイツは魔法を使うのが苦手なのさ……ほら、部屋は二階の部屋を使いな。シルキー案内してあげて」
シルキーと呼ばれた銀髪の女性に案内されて部屋に入る。ガラス越しにはたくさんの魚たちが泳いで綺麗だった。荷ほどきが一段落してリビングに行くとサメリアさんがコーヒーを飲んでいた。
「サメリアさん。終わりました……あの私は、何をしたらよいのですか?弟子って……」
「そんなに、ビビるんじゃないよ。弟子って言ったって特に何もないさ。そうだね……あえて言うなら魔法の使い方を覚えるくらいかね?シメールお前は、私から見たら姪っ子みたいなもんだ。そんな他人行儀な呼び方はやめておくれ。サメリアって呼んで構わない。」
「サメリア……ありがとう……」
「落ち着かないのかい?シメールお前は本当に可愛い子だ。くらげ族で人魚に変異できるのはシメール以外に見たことない。きれいな海を映した水色の髪……深海の宝石のような青い瞳。おや、その長い髪は少し邪魔そうだね。こっちへおいで……」
近くにいくと髪を梳いて二つのお団子にして頭をポンポンと撫でてくれた。ソファーに座るとシルキーがハーブティーを出してくれた。シルキーについて聞くと家に憑く妖精で家事などの手伝いをしてくれるんだ。女主人と言ったところらしい。シルキーは話すことはないが気に入られたのか。よく、抱きしめられる……そんな姿を見てはサメリアは豪快に笑っては、シルキーも隣人になるらしく隣人達からすると私は極上の蜂蜜酒でありロビンなのだそうだ。魔力を作り続けることが出来てしまうこの体質が影響しているらしい。トリトン様は気付いていたそうだ。だからか私は、城の外に出たことは一度もなかった。それが当たり前だと思っていた……城には隣人達が干渉することの出来ないように生まれてすぐにサメリアがトリトン様の依頼で結界を張っていたらしい。なぜそんなことを?と聞いたら必ずしもいい隣人だけが寄ってくるとは限らないからだそうだ。サメリアが城を出るときにすべての隠し部屋は取り壊されたはずだったが、ただ一つ月を映す泉だけは忘れ去られてしまったのだろうというのだ。