鏡の薔薇
別々に育てられた双子が同じ男性を愛したら?って話です。
侯爵家の三男、フレデリックが森の古い屋敷を訪れたのは、マリアンヌ伯爵家の令嬢アデルに招かれてのことだった。避暑の名目だったが、実のところ、伯爵夫人の願いはただひとつ。フレデリックとアデルの婚約であった。
アデル・ド・マリアンヌは、都会の教育を受けた完璧な令嬢だった。銀糸のように光る髪、白磁の肌、笑えば花のように優雅な唇。その立ち居振る舞いは貴族社会の手本とされるほどだった。
「マリアンヌの薔薇」と呼ばれていた。
しかし、フレデリックが庭園の噴水前で出会ったのは、アデルではなかった。
彼女は、アデルと瓜二つだった。ただし、表情にはどこか陰りがあり、物静かで、笑みには深い影が差していた。
「お初にお目にかかります、ロザリーと申します」
背筋を伸ばし、完璧な一礼。服装は質素だったが、指先まで訓練された所作に、フレデリックは思わず目を奪われた。
「ロザリー?って言うの?アデルにそっくり・・・」
「双子の妹です。祖母の元で育ちました。祖母が亡くなりこちらに参りました」
その日の夕食の席で、フレデリックは二人を見比べて言葉を失った。まるで鏡の中のようにそっくりだった。ただ、アデルは華やかで洗練され、ロザリーは静謐で毅然としていた。
滞在中、フレデリックは奇妙な感覚に苛まれた。
彼は子供の頃からアデルに惹かれていた。誰よりも優秀で、振る舞いも完璧令嬢。だが、今はそれが平凡に見えてしまう。
一方、ロザリーとは短い言葉を交わすだけで、深い森の底へと引き込まれるような安心感があった。彼女はピアノも弾かず、詩も語らなかったが、フレデリックの言葉に静かに耳を傾けた。
「なぜ、今まで預けられていたのですか?」
ある日、フレデリックはロザリーに問うた。
「なんでも母の体が弱くて二人いると母の神経に障るからと聞かされております」
「子供が神経に障る・・・」とフレデリックは不思議そうに呟いた。
「そういうものなのですか?
フレデリックの頭には男の子三人を叱り飛ばす陽気な母の姿が浮かんでいた。
その母は、夜寝る時、お部屋にやって来て、キスをしながらお布団を優しくパタパタを叩いてくれた。
「姉はこの家の「薔薇」ですね。わたしはなんでしょう?芝生の雑草でしょうか?」
ロザリーはこう言った。声が少し震えていた。
「ロザリーも薔薇だよ。アデルが赤い薔薇なら君はその小ぶりは黄色い薔薇。その香りは全てに勝る」
フレデリックは顔をあからめてそう言った。
アデルは気づいていた。フレデリックが徐々にロザリーに心を寄せていることを。
「フレデリック様は、野に咲く花がお好きなのですわね」と皮肉を言ってみると
「花がどれも美しいですよ」
「そうですか?最近ロザリーの相手をして下さってますが、ご迷惑をかけていませんか?」
アデルの声はかすかに震えていた。
「いえ、わたしが癒されております」
フレデリックはさりげなく心持ちを表明した。
やがて、フレデリックは正式にロザリーを娶りたいと申し込んだ。
「私は、ロザリー嬢と未来を歩みたい」
伯爵からそう聞いた伯爵夫人は顔を青ざめさせ
「そんな、どうして?子供の頃から・・・あぁアデル・・・」と泣き崩れた。
アデルは微笑を崩さずに伯爵に言った。
「そう、妹を選ぶのですね。私ではなく」
「どちらもこの家の娘だ」と伯爵は言った。
その夜、ロザリーの部屋の扉が音もなく開いた。冷たい香水の匂いが流れ込んだ
ロザリーが振り返った瞬間、ロウソクの火が揺れた。
「お姉様?」
「邪魔なあなたがいなくなれば、いいのよ。ロザリー」
ナイフが闇を切り裂いた。
ロザリーの血に濡れた床の上で、アデルはひとつ息を吐いた。
そして鏡の前に立ち、自分の顔を整えた。
アデルはロザリーを殺して自分がロザリーになった。
アデルの葬儀が終わると、フレデリックとロザリーはひっそりと結婚した。
だが、狂気は静かに忍び寄っていた。
最初は小さな幻だった。
ティーカップの縁に映る女の顔。寝室の鏡の奥で泣く姿。窓に反射する微笑み。
アデルは何度も、何度も鏡を割った。だが、次の朝にはまた映る。
血の気のない唇が、無音で呟く。
フレデリックの瞳の奥にも、ロザリーはいた。
「ロザリー疲れている?」
その言葉に、アデルは答えた。
「ええ、そうかも知れません」
鏡は割っても、水面に、銀のスプーンに、夜の窓に現れる。
「わたしを殺したあなたは、わたしを消せない」
その呟きが、どこから聞こえているのか、もうわからなかった。
ある晩、アデルはフレデリックの前で泣き崩れた。
「わたしは幸せを奪うつもりななかったの・・・本当よ」
フレデリックは何も言わず、そっと彼女の手を握った。
その夜、アデルは夢を見た。
ロザリーがフレデリックと腕を組んで薔薇の中を歩いている。
「本当の薔薇はロザリー。君だね」とフレデリックは言いながらロザリーの髪に薔薇を飾っていた。
「彼はわたしのものよ・・・永遠に」
翌朝、アデルは姿を消した。
その後、誰もアデルを見なかった。ただ、鏡の中に笑う彼女を見たと話すものがいた。
ただ、フレデリックは今でも夜ごと夢を見るという。
鏡の中で、少女が二人、自分の名を呼ぶ夢を・・・
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