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Harmony Communications

作者: くるっぴ

私は他人とコミュニケーションを取るのに「言葉」というものが必要だと思う。

って...そんなの世間では当たり前だよね、だってそのために私たちは日本語とかいう言語をわざわざ十何年もかけて学ぶんだから。

言葉というものを学ばないと、他人と意思疎通が取れないもんね、普通の人は...だけど。


えっ...普通の人は?ということは私は違うのかって...?

そんなの、論ずるまでもないじゃない。私だって言葉を通じてじゃないと他人と会話できない。

人はわざわざ喉を鳴らしたり筆を走らせたりして言葉を介さないと意思疎通ができないの。

とても残念な生き物なのね。


それでも...こんな私でも昔は言葉を介さずとも意思疎通できていた...はず。


・・・


私たちは双子として産まれてきた。

それはそれはとても恵まれたもので、最初に見たのは母親のそのまた母親の顔だった。

その人はとても嬉しそうな顔をしていたはず...私が覚えてるはずもないけど。


私たちが産まれた日から数週間ほど経過した日、逆に免疫力が弱くなりそうなほど清潔な白色だらけの景色から解放され、私たちがこれからずっと日々の生活を送るであろう景色へと移住をした。

その部屋の中は十分だと言えるほど広かったのに、私たちに与えられたスペースは小さいカゴの中で、しかも二人一緒だった。

それはもう窮屈なもんで、互いに土地を求めあい一日中領土戦争が発生していた。


なのに窮屈でとても退屈だったそのカゴの中では、なぜか淋しさを感じることはなかった。

なぜだろうな、自分の感情を分け合う仲間がいたからなのかな、今の自分の気持ちを共感することができる相手がいたからなのかな。

今ではよく分からないけれど、確かにそこには負の感情なんて発生していなかった。


私たちの慟哭は互いに共鳴し合い、そして互いの感情を高め合っていた。

それは私だけの一方通行な気持ちなんてものではなく、確実に相手もそう感じていたに違いない。

カゴの外に体を向けて目を瞑っていたとき、天井で優雅に回っている換気扇に魔が差してふと寝返りを打ってしまって、隣で横になっていた彼女と目が合った。

彼女のその瞳は私の心の奥底まで見透かされていると錯覚してしまうようなものだった。私の全てを理解し、そして共感するような。

目が合った彼女は私の瞳を通して自分の姿を見ていた。そして同時に私の姿も見ていた。まるで身なりを整えるために注意深く確認するように、自分によく似た人形を不思議そうに眺めるように。


私も彼女の瞳を通して自分の姿を見ていた。それはもう、目の前にいる少女と同じような姿をしていて、とても不気味だった。

まるで自分が二人いるようで、もし自分が居なくなってしまってもそれはまったく問題がないんじゃないかと思わせるほど私たちはよく似ていたのだ。

そりゃあ一卵性双生児なら当然か。


幼稚園に入ることになって、私たちは窮屈な檻の中から解放された。

それはもう清々しいもので、今までまともに外の空気を味わったことがなかった私たちにとってすごく新鮮な体験だった。


私たちは幼稚園の広場に置いてあったベンチに腰がけて日向ぼっこをしていた。

それは私たちの自由を象徴するようで、そして証明するようなそんな状況だった。

穏やかでこのままぽかぽかのお日様に溶けてしまいそうなそんな気分だった。

春風に揺れるタンポポの綿毛が底知らずに白の混ざる青空へと飛んでいくふわふわしたような曖昧な季節の中、私たちは隣同士二人でベンチに座り、その様子をじっと眺めていた。

タンポポの横では、名前も知らない花が蕾を開かせていた。

まあ、名知らずの花だったけれど、きっと花咲かせたことはその儚い生命の中での誇りなんだろう。

私は心の中でその花に尊敬の念を抱いた。


ふと隣を見ると、彼女は両手を立てて拝むような形で手を合わせていた。

その行動は一体何を意味しているのか、そんなこと聞くまでもないのだろう。

だって私たちは言葉を介する必要はないのだから。

むしろ言葉が邪魔なくらいだった。

なのに言葉を介することでしか意思疎通ができない、私たちにとって他人にである存在にとても侮蔑の感情を持ってしまった。

そして同時に滑稽だとも思った。

この人たちは言葉を介することでしか他人と自分の感情を共有する術を持ち合わせていないのだと。


私たちのように何も考えずに気持ちを重ねることができたら、この人たちはきっととても幸せな気分になれるのだろう。

そう、唯一私が意思疎通をはかることができる彼女のように。

言葉を介する必要もなく、私にとって心地が良い能天気顔な彼女のように。


幼稚園の授業では読み書きの練習をしていた。

でも私はそんな授業を受ける必要はないと思っていた。

だって私は彼女と気持ちを通じ合えるだけで幸せだったから。

同じご飯を食べて、同じ景色を見て、同じ感情を共有する。

そんな幸せな気持ちは彼女と一緒でなきゃ味わえないものだった。

それなのに言葉というものは、いつの間にか私たちのことを断絶して、私から彼女を奪い去ってしまう。

そんなのとても苦しくて、心が痛くなってしまう。だから言葉なんて学んでいられない。

私は二人で心を通じ合わせるだけで十分だったのに、なのにそんな私の気持ちを彼女は知らんぷりし続けているようだった。


彼女は普段、というか授業のときは先生の話を真面目に聞いていた。

たまに机に両手を置いて前傾姿勢で先生の話を聞くほどに彼女は熱中していて、そんな彼女を夢中にさせる先生に嫉妬してしまったりもした。

私は授業を真面目に受ける気はさらさらなかったけれど、それでも先生に椅子に座らされて授業を聞かされている以上、顔ぐらいは先生の方に傾けざるおえない。

その時間は苦痛だったが、隣で楽しそうな顔をしている彼女を横目で見れば、そんな気持ちはすぐになくなっていた。


彼女は暫くして、ひらがなというものを覚えた。

それは私にとっては必要のないものだったけど、これ以上彼女が自分の元から離れていってほしくなかった私は必死になって嫌いなひらがなを覚えようとした。

だって彼女はそのひらがなという言葉を喋って、私の知らない男の子と会話をしていたのだから。

私の知らない男の子と私の知らない言葉を喋って私の知らない内容を話している。

その事実は私の心を陰らせるには十分な理由で、そして煩わせてしまうのも仕方がないことだった。

彼女が私の元から離れて行ってしまう。

そんなこと考えてしまうだけで私は身震いし、何とも言えない不安を覚えてしまう。

それは恐怖という感情だったかな。しかも、私だけにしかない感情。

彼女にはそんな感情、なかったのに。


彼女が言葉を覚えていく度に、私は置いてけぼりになった気分になり、日に日に彼女と心を通じ合わせる日常はなくなっていく。

彼女は自然の中で花を眺めていて、草の上で陽を浴びるテントウムシを観察していて、そしてその姿を嬉しそうに私に教えてくれる時が一番輝いていて嬉しそうだったのに。

どうしてそんな私たちを離れさせるような言葉というものを覚えようとしてしまうのか、私には理解できなかった。

私は彼女とその記憶を脳裏に刻み、幸せな瞬間を過ごすだけで十分だったのに。


早く彼女と同じようにひらがなを覚えて、言葉というものを覚えて、彼女と同じように会話をできるようにならないと彼女に置いてけぼりにされてしまって、私は一生ひとりぼっちになってしまうんだ。

ついそんなことを考えてしまうと、私の目からは涙が溢れてしまう。

それでもこの涙を彼女には勘付かれるわけにはいかない、だってもう私は知ってしまったのだから。


私たちの心は、繋がってなんかいなかったって。


私の哀しみは、彼女には届かないって。


でもそれは喜ばしいことなのかもしれない。

だって私の醜い姿を彼女に見られずに済むから。

こんな嫉妬深い私の姿を...。


私は決心した。

幼稚園の裏にある花壇で今まで泣いていた私はもういないんだ。

これから彼女に向き合うために、私は強くならなければいけない。

重い足取りに鞭を打って表の広場の方へと歩みを進めると、彼女がベンチに寝っ転がってぼーっと青空を眺めていた。

一本だけ生えている大木に守られていたその場所は、私たちの憩いの場で、そして心の通じ合う場所。


その場所は私が好きな場所で、そして彼女は私が大好きな姿でそこにいた。

勤勉な彼女じゃない、私と二人きりの世界にいるようなそんな姿。

言葉に縛られず、自然に溶け込んだ彼女の姿。

だから私はその姿を邪魔しないように、音もたてずちょこんと隣に座り込んだ。


そうしたら数秒もしないうちに彼女はむにっと軟体動物のように起き上がり、私の傍へと身体を移動させた。

すると私たちの隙間は1cmもなく...というか隙間はなかったように思える。

私の右腕を抱きしめて、私の肩に彼女は顔を乗せていた。

その状態では、勿論彼女の体温が私の身体に染みこんできて。

とてもあたたかい。ぽかぽかするようなそんな気持ちになってしまって。

私はこのまま時間が永遠に止まってしまえばいいのにとか思ったり。

まあそんなこと叶うはずもないということを頭の中で自己完結して、とても悲しい気持ちになったり。

でもせっかく彼女がこうして私を求めてくれているのだから、応えなきゃいけないとも思ったり。

そんなことを頭の中で逡巡していると、彼女が口を開いた。


「ね...。」


私はその鐘が鳴ったような音を耳の中で反芻しながらも、それでも返事は返せなくて。


「...ぅ...だ...っ。」


私は彼女が何を伝えたいのかがいまいち分からなかった。

心の中ではいつも繋がっている...つもりだったのに。

こんなことになるなら、先生の話をきちんと聴いておけばよかった。

彼女の声ならいつまでも聴いていたいのに。

なのに彼女の言葉は私には伝わらなくて。


「す...ぅきだよっ...。」


それでもこうして鐘を鳴らしたあとの彼女の表情を見ていれば、私はそれだけで十分だと思えて。

彼女は頬を染めているのに、それがとても可愛くて。

私を幸せな気分にさせた。


今はそんな愛おしくてたまらない彼女を抱きしめるだけで十分だって。

俯きがちの彼女の瞳を見て、私はそう思えた。


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