ep.8 勇者
僕が学園に入学してから半年が経った。
学園では魔法の他に剣術や薬を調合する薬師の勉強、魔物の解体など様々な授業があった。
ユーリはどれも完璧にこなし、僕はどれも上手にできなかった。
それでもなんとかやってこれたのはユーリとカイのおかげだ。
2人はいつも僕を励ましてくれる。
実家からは心配の手紙がたくさん来る。
僕が生まれた街には魔物が出なかったので僕は魔物の存在を知らなかった。
王都のような人がたくさん集まるところには魔物も寄ってくるそうで、王都のまわりの森には魔物がたくさん住んでいた。
それをお父さんとお母さんは知っていて、僕が食べられてしまうのではないかと心配してくれている。
授業で使う魔物は先生が用意してくれて、僕たちは街の外には出ないと何度も説明したんだけど、それでも心配のようだった。
だから僕はいつも楽しかったことばかり書いて、授業の話はあまり書かなくなった。
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ユーリが7歳を迎えた日、いつも通り授業を終えるといきなりユーリの体が光りだした。
先生は驚いて、すぐに他の先生たちを呼びに行った。
「とうとうこの日が来たわ。」
ユーリはそう言ってニヤリと笑った。
学園長もやってきて、ユーリはいつの間にか多くの人たちに囲まれていた。
「ご神託ですね!」
明らかに魔法使いだと思われる格好のおばあさんが叫んだ。
まわりの大人たちは神々しいほどに光ったユーリを崇めているかのように恍惚とした表情でみつめた。
「勇者の称号を得ました。」
ユーリはみんなに向かってそう言った。
拍手喝采だった。
「こんな素晴らしいものを目の前で見られるなんて、なんて素晴らしいことでしょう!」
先生たちは手を取り合って喜んでいた。
ユーリはたった7歳で勇者になった。
歴史ある学園でも7歳で勇者になる子はいなかったという。
入学してくる子たちの中で勇者になれるのは100人に一人とか言われている。
20年に1人現れたらいい方なのだそうだ。
「思ったよりも早く勇者になれましたわ。」
ユーリは当然というようなドヤ顔でみんなの歓声に応えた。
その日、ユーリはお城に連れて行かれた。
明日から3日は式典とその準備のために休みだと言われた。
他のクラスメイトは「やったね」と喜んだ。
「ユーリが勇者になったって聞いてもあまり驚かないね?」
「だって俺らの能力の差は一目瞭然だったろ。俺なんてすでに諦めてるよ。親のためにこの学園には居座るけどな。」
トーマはバカバカしいとでも言うようにそう答えてくれた。
「私も親の期待がすごいから、ここではしっかりやろうと思ってるけど、勇者になれるなんて思ったことはないわ。」
ランはニコっと笑っていた。
「みんな向上心がないわね!ミカはなれるならなりたいと思ってるわよ!勇者だなんて格好いいじゃない。」
ミカは3人の中で1番魔法のセンスがあった。
僕もこの中ならミカが勇者に一番近いと思う。
「ソラは…今は絶望的だけど遅咲きなのかもしれないし、仲良しのユーリに追いつけるようにがんばれよ。」
トーマはそう言って僕の肩を叩いた。
「ありがとう、トーマ!僕頑張るよ!」
3人は寮の方へと帰っていった。
僕は練習場に残り、自主練をすることにした。
(勇者になれなくても少しでもお兄さんの役にたちたい)
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翌日もユーリは寮に戻ってこなかった。
「私も勇者様を目の前で見るのは初めてです。どんな式典をするんでしょうね?楽しみですね、ソラ様。」
カイはワクワクした顔でそう言った。
「ユーリのことだから、きっとすごく派手な式典になると思う。勇者になったら学園をやめるのかな?」
「どうなんでしょうね?候補生のための学校ですし、必要ないといえばないですよね。」
僕はユーリに置いていかれるかもしれない。
そんな焦りが出て、何かしないと、と先のわからない思いに駆られた。
「カイ、また練習場に行くからカイは休んでて。」
「ありがとうございます。ソラ様がよろしければ今日は練習をご一緒したいのですが。」
カイは僕が授業を受けている間、自分も魔法の授業を受けていたと教えてくれた。
勇者候補ほどではないがお世話係専用の授業があるのだという。
「それは僕にとってもありがたいよ!ぜひ特訓してもらいたい!」
「そんなそんな、私なんて!」
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カイはすごく謙遜をしていただけで、先生たちくらいすごい魔法使いだった。
得意なのは剣術だというので、そっちはもっとすごいのだろう。
「ソラ様はなぜ勇者がこの世界に必要なんだと思いますか?」
「えっ?魔物を倒すため?」
「それもありますが、それなら勇者じゃなくても倒せます。」
「何か特別な仕事があるの?」
「そうです。魔物の中には時々すごく強い個体が生まれます。前回は40年ほど前に、それは生まれたそうです。」
「大変だったの?」
「はい。それは魔族の王様、魔王と呼ばれます。勇者はそれを倒すためにいるのです。」
僕はゲームの中で魔王を倒す勇者のストーリーを見たことがあった。
無敵のような魔王には特別な勇者の剣か何かで倒さないといけない。
「ユーリ、そんな危険なことをさせられるんだね。」
「大丈夫ですよ。今まで勇者が魔王にやられたという史実はありませんから。」
僕はカイがそう言ったけどやっぱり心配になった。
ゲームの中の勇者は魔王を倒せなくて何回かコンテニューしていたからだ。
きっとこの世界はそんなことできない。
「そこでです、ソラ様。具体的な目標があるとソラ様の魔法は格段に上がるのではないかと感じました。」
「なるほど。確かに僕には目標らしいものがないや。」
「あの的を何かソラ様の嫌いなものか何かだと思って魔法を放ってみてください。」
(僕の嫌いなもの?)
僕はそう言われて、そんなものないと思った。
今までそんなことを思ったことがないことに気がついたのだ。
僕は悩んだ末にピーマンを思い出した。
給食に出てきたピーマンのサラダは嫌いかもしれない。
僕はカイに言われたとおりにやってみた。
今まで見たことのない大きなの火の玉ができた。
「わぁ!!!」
僕は驚いて飛ばすまでいかなかった。
カイはすぐに水魔法で火の玉を消してくれた。
僕は水でビシャビシャになった。
「ソラ様!大丈夫ですか?!」
カイはビシャビシャになった僕に風魔法をあてて乾かしてくれた。
「みた?大きいのができたよ!!」
「はい!やりましたね!ソラ様!」
僕たちは感覚を忘れる前にと、特訓を続けた。
「ピーマンめ!!」
僕はピーマンに怒りをぶつけるイメージをした。
「ぴーまん?」
カイは不思議そうに僕を見ていた。
「ピーマンはサラダで食べるものじゃない!」
僕は大きな火の玉を出せた。
「肉詰めが!好きだっ!!」
そして的に当てることができた。
「カイ!!見た?!」
「はい!!ソラ様!!素晴らしいです!!」
その日、僕はカイとピーマンのおかげでクラスメイトたちくらいのレベルまで魔法が使えるようになった。
(ユーリまではまだまだ遠いけどね)
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僕は翌日もカイと特訓をした。
「ぴーまんというやつでは、そろそろ限界のようですね。」
カイはピーマンより嫌いなものはないかと僕に聞く。
僕は必死に考えて、憎いものを思い出した。
「のーしゅよーぅ!!」
お兄さんが言っていた頭にできる病気の名前がこんな感じだった気がする。
お兄さんを奪った憎いやつだ。
「おぉ!ソラ様!!のーしゅよーとやらは、すごい威力です!!」
ピーマンの数倍の大きさになった火の玉は的を壊す勢いで飛んでいった。
「何をしとる?!」
練習場に知らない先生がやって来て、僕たちは怒られた。
「申し訳ありません。」
僕とカイは深く頭を下げた。
「午後から勇者様のお披露目会じゃ。もう部屋に帰ってお前たちも準備しなさい。」
先生は自主練の範囲を超えていると怒っていた。
僕とカイは怒られながらもなんだかいい気分で、「先生が危険だと思われるくらいのすごい威力だったということですよ。」
「うん。僕、強くなった気がする。」
2人でニヤニヤしながら寮まで戻った。
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「ソラ様、お着替えの前にお風呂にお入りください。少々焦げ臭いにおいがいたします。」
火の玉が大きくなりすぎて髪の毛が焦げてしまった。
「髪の毛、短くしたいな。いつもお母さんが切ってくれていたんだけど。」
「そうでしたか。私でよければ整えましょうか?」
カイは剣術が得意なだけあって刃物の取扱が上手だった。
僕はいつもより短くしてもらった。
「ソラ様、なんだかキリリとしましたね!」
「ホントだね!カイ、ありがとう!」
僕がお風呂に入っている間にカイは自分の身支度も整えていた。
テキパキできて羨ましい。
いつもの制服ではなく、軍服のようなジャラジャラ装飾のついた服を着せられた。
これは重いし、動きにくくて好きじゃなかった。
「城の中庭で執り行うそうです。早めに移動しましょう。」
城まで馬車で行こうと思っていたが、外は大渋滞だった。
僕たちが困っているとさっきの先生がやって来た。
「お前らまだこんなところに!仕方がないのぉ。」
白髪のサンタクロースのような先生は、僕とカイの腕を掴み、空を飛んだ。
「わぁ!!!」
僕たちはみるみるうちに上空に上がり、すごいスピードで城に向かっていた。
「ソラ様!風属性の上級魔法です!すごいですね!!」
カイも嬉しそうだった。
「すごいすごい!!僕もこんな魔法を使ってみたい!」
先生は笑って、「習得はかなり難しいぞ!頑張れ小僧!」と言った。
すぐに城についた。
先生は「間に合ったな」と言っていなくなった。
「ソラ様はユーリ様の後方にお席が用意されるようです。」
カイは僕を集合場所まで連れて行ってくれた。
「あら、ソラったらイメチェンしたのね?似合うわよ。」
ミカにそう言われて僕は恥ずかしくなった。
「サッパリしたよ。」
僕たちは中庭が見えるバルコニーの前にいた。
上級生たちも同じような服を着て集まっていた。
中庭にはすでにたくさんの民衆の姿が見える。
「すごいね。」
僕たちはその光景に圧倒された。
この前に、ユーリは立つんだ。
僕は鳥肌がたった。
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