ep.2 お兄さんの命日
僕とお兄さんは週に何度か秘密基地で会うようになった。
お兄さんはいつも菓子パンとジュースを買ってきてくれる。
「子供は甘い物を食べる生き物だろう?」
と言って僕にコンビニの袋を渡す。
そして自分は何も食べない。
いつもお兄さんはお腹がいっぱいだと言う。
僕と同じでお兄さんも痩せているのに、なんだか変な気分になる。
お兄さんは携帯型のゲーム機も持ってきてくれるようになった。
僕は憧れていたゲームを初めて体験することができた。
有名なかわいいキャラクターが出てくるので僕は大興奮だった。
「俺が死んだらゲームは全部ソラにやるよ。もう遺言も書いたんだぜ。」
お兄さんは笑顔で僕にそう言った。
「ゆいごんって何ですか?」
「死んだらこうしてほしいとか、誰に何をあげるとか書いた手紙だよ。」
「僕がもらっていいの?」
「うちの家族には必要ないものだからさ、いいんだよ。」
「ふーん。」
「ふーんっておまえ、嬉しくないのかよ?」
僕は少し考えてから、「お兄さんと一緒じゃなきゃゲームをしても楽しくないと思う。」と言った。
お兄さんは口に手をあてて、「よくそんな恥ずかしいことを言えるな」と言って顔を赤くした。
それからすぐに「最近調子がよくないから、そろそろ死ぬと思う。」と言った。
確かにお兄さんの顔は青白くて、元気がないように見えた。
「死んだらどこに行くの?」
僕はお兄さんに、ついていきたいと思った。
「さあな?灰になって終わりなんじゃね?」
「灰になるにはどうしたらいいの?」
「おまえ、灰になりたいの?」
「お兄さんと一緒にいたいの。」
そう言うと、お兄さんは僕の頭を叩いた。
「いくらマブダチだからってずっと一緒にはいられないんだぜ。男だろ!俺がいなくてもおまえは大丈夫だよ!」
そう言って、力ない笑顔を見せた。
(一緒がいいのにな)
────
それから3日、お兄さんは秘密基地に現れなかった。
僕はお兄さんが前に言っていたお兄さんの家に行ってみることにした。
お兄さんの家は大きな家で武士が住んでいるようなお屋敷だった。
そこの門に看板みたいなのが立てられていた。
漢字は難しくて読めなかったんだけど、【橋本優】という文字はわかった。
黒い服を着た人たちがたくさん家の中に入って行った。
僕はお兄さんを探した。
黒い服を着た人たちをかき分けて、中を進む。
お兄さんはそこにいた。
笑顔でこちらを見ていた。
お花に囲まれて。
僕はこれがお葬式なんだと気がついた。
お兄さんは本当に死んでしまったようだ。
僕はその場でワンワンと泣いた。
(本当に死ぬなんてひどいよ)
大人たちは「どこの子かしら?」と僕を囲んだ。
僕は怖くなってその場から逃げようとした。
「待って!」
黒い着物を着た女の人が僕の腕を掴んだ。
「ソラくんかな?」
僕は自分の名前を言われてびっくりして動きを止めた。
その人は隣の畳の部屋に僕を連れて行った。
ジュースとお菓子を持ってきてくれて、「どうぞ」と言った。
僕は知らない人にもらってもいいのかわからなくて、キョロキョロしてしまった。
「お兄さんのお母さん?」
女の人はお兄さんにそっくりの顔で僕を見ていた。
「そうよ。優と似てるかしら?」
僕は静かに頷いた。
僕はお兄さんのお母さんだとわかって安心してお菓子をもらった。
「美味しいです。ありがとうございます。」
お兄さんのお母さんは僕をみつめていた。
「優と仲良くしてくれてありがとうね。」
そう言って、お兄さんがいつも持っていたリュックを僕に渡した。
「優があなたにって言ってたんだけど、よかったらもらってくれるかしら?」
「ゆいごんですか?」
お兄さんのお母さんはフフフと笑って、「そうよ」と言った。
「ソラくんのお父さんとお母さんに説明が必要なら電話するけど、どうする?」
「いいえ、大丈夫です。僕が説明できます。」
そしてお兄さんのお母さんは「いつでも優に会いに来ていいからね。」と言って僕を見送ってくれた。
お兄さんはもう、ここにはいないのに。
────
僕はお兄さんのリュックを抱きしめて、秘密基地まで走った。
お兄さんが死んだなんて、まだ信じられない。
涙が次から次へと出てきて、前がよく見えなかった。
(秘密基地に居るかもしれない)
いつもは止まって右と左を見る道を、僕は止まらずに走ってしまった。
車のヘッドライトがピカッと見えて、次の瞬間、僕は空を飛んだ。
────
目を開けると僕は真っ白な部屋にいた。
部屋には僕と同じ年くらいの子供が何人かいた。
みんなここがどこなのかわからないようでキョロキョロしていた。
そこに白い服の女の人たちが入って来て、僕たちを1人ずつどこかに連れて行く。
僕のところにもやって来て、僕はそのお姉さんと手を繋いで廊下を歩いた。
お姉さんもまわりのみんなも何も言わなかった。
僕も声を出そうとはしなかった。
そうして1人ずつ部屋に入れられた。
何もない、真っ白な部屋だった。
何も怖くなかった。
ここに居れば安全で何事も起きないとわかった。
ノックの音が聞こえ、白い服を着たおじいさんがやって来た。
「紺野空くん、10歳だね。」
「はい。」
「気がついていると思うが、ここは天国です。」
「はい。」
「あなたはトラックとぶつかって死にました。」
「はい。」
おじいさんは色々説明をしてくれた。
僕がここに来た理由と、これからのことだ。
「空くんは不幸ポイントがたくさん貯まっていたので、来世の選択がたくさんあります。」
「ふこーポイント?」
「あまり幸せな人生ではなかったようですね。」
僕は首を傾げた。
僕は幸せじゃなかったのか。
「このまま天国で天使として過ごしてもいいですし、また地球の子供として生まれ変わってもいいです。性別や生まれる国、人種なんかも選べますよ。もちろん動物や植物でもいいです。ポイントの範囲内になりますが、あなたなら自由に選べるでしょう。」
天国がこういうシステムになっているなんて知らなかった。
僕は映像を見せられて、どうしたいかと聞かれた。
「時間はたくさんあります。決まったら教えてください。」
おじいさんはそう言って部屋を出ていこうとした。
「僕、行きたいところがあります!」
おじいさんは振り向いてにっこり笑った。
「ご希望をお聞きしましょうか。」
「僕はお兄さんのところへ行きたいです。橋本優っていう人です。」
「彼ですか…はい、先日ここに来ました。特殊な方なので覚えております。彼も不幸ポイントがたくさん貯まってましてね。」
おじいさんは苦笑いをしてこちらを見た。
「お兄さんのところに行けますか?」
「ご希望なら同じ場所への転送は可能です。ただし、生まれ変わるので赤ちゃんから始まります。そこで彼と出会えるかは私にはわかりません。」
「会えないかもしれないんですか?」
僕はだんだん悲しくなってきた。
おじいさんは大慌てで、「泣かないでください!!」と僕にお菓子やジュースを渡した。
「ここで不幸ポイントを貯められると大変なことになりますので。」
「僕、お兄さんに会いたいんです。一緒にゲームがしたいんです。」
泣きそうな僕を見て、おじいさんは焦っていた。
「あぁ、不幸ポイントがマックスに…わかりました。特別ですよ!」
おじいさんは僕にコンパスをくれた。
「あなたは橋本優くんが行った世界に生まれます。その国で普通の赤ちゃんとして生まれます。だから普通なら何も持っていけないのです。でも特別に荷物の持ち込みを許可しましょう。」
おじいさんはそう言って、僕の手のひらを広げてこう言った。
「こうやって手のひらに四角を描いてください。そうするとこの画面が出ます。これはあなたの情報が書かれています。」
「わぁ、ゲームみたい。」
「ここをこうやるといろんな項目が見れます。そしてここに持ち物という欄があるでしょう?ここをタップすると荷物を取り出すことができます。」
僕は【リュック】と書かれたところをタップした。
目の前にお兄さんのリュックが現れた。
「すごいや!」
「これはあなただけに与えられる特別なものです。他の人にみつからないように気をつけて使ってください。約束できますか?」
「わかりました。」
「コンパスはそのカバンに入れておきなさい。あなたが今から行く世界で、彼を探しにいける年齢になったら、そのコンパスを取り出して探すといいでしょう。彼は赤い矢印の方に居るはずです。」
「はい!」
笑顔になった僕を見て、おじいさんは満足そうにした。
リュックは「収納」と言うと消えてしまった。
代わりに手のひらに見える持ち物の欄にリュックが現れた。
「その機能にかなりの不幸ポイントを使用しました。あなたの生まれる境遇や能力は選べなくなりました。」
「それでいいです。」
おじいさんは「いってらっしゃい」と手を振り、僕を部屋から見送ってくれた。
────
ドアを開けると別の部屋にいて、僕は大人に囲まれていた。
「泣かないぞ!大変だ!」
男の人が僕を見て焦っているようだった。
「わしに任せんしゃい。」
おばあさんが僕を逆さに持ち上げてお尻を叩いた。
(痛いよ!)
部屋に赤ちゃんの鳴き声が響きわたった。
泣いていたのは僕だった。
「元気な男の子じゃ!」
おばあさんがそう言うと部屋の中で歓声が起きた。
「よくやったぞ!!長男が生まれたぞ!!」
男の人は嬉しそうに僕を見て泣いていた。
僕も泣いていた。
(僕は本当に生まれ変わったんだ)
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